「雅子妃には興味がおありだったようです」…天皇皇后両陛下ご成婚時の“私的な披露宴”、積極的に参加した皇族・元皇族と欠席者の顔ぶれ

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皇族や元皇族も積極的に参加

 天皇家から親族として招かれた小和田家の人達とは、前出の母方の祖父母・江頭夫妻のほかに、恒氏の長兄、顯(専修大教授)・淑子夫妻、姉の恭子さん、弟の鎌田隆(弁護士)・嘉寿子夫妻、同・小和田統(国際観光振興会理事)・摩地子夫妻、妹の紀子(としこ)さんと夫君の柏原一英氏(興銀常務)、末弟の亮(運輸省港湾局審査官)・喜代子夫妻、そして雅子妃の妹、礼子さん(国連難民高等弁務官事務所職員)、節子さん(東大在学中)である。

 しかし、皇族や元皇族の人達が、御内宴に積極的に参加したのも事実である。

 秩父宮妃は83歳の高齢で、かねて「心臓がお悪い」と言われてきたが、元気に出席して関係者を驚かせた。

 高松宮妃も、81歳の高齢を押して出席。

 島津貴子さんと島津久永氏(ソニー取締役)が出席したのはいうまでもないが、久永氏の母堂・久子さんに至っては、94歳の高齢で、日頃は杖をついている身だが、姿を現したのである。

 元王族として招かれた李玖氏(李王家に嫁いだ梨本宮家の長女・方子[まさこ]さんの長男)も珍しく出席した。

御内宴を変えさせた“陰の主役”は

「皆さん、雅子妃には興味がおありだったようです」と、ある出席者はいう。むしろ、招かれたのに「御不参」の届けを出し、現実に欠席したのは、車椅子生活の桂宮宜仁殿下などほんの少数だったのだ。

 ただ、元皇族の久邇邦昭(伊勢神宮大宮司)・正子夫妻が欠席したのが話題になった程度だった。「久邇家のお嬢さんは皇太子妃候補にあげられていたのに、結局、選ばれなかったので、無念に思っておられるらしい」などとあらぬ噂を囁かれたのである。

 最後になったが、御内宴への出席を天皇ご一家が最も待ち望んでいたはずの正田英三郎氏は高齢を理由に欠席した。現在、89歳。杖をついて歩く身だが、今でも日清製粉名誉会長として会社へは出勤している。

 が、昭和天皇の崩御後、正田氏は公式行事への参加も辞退するようになり、今回は「結婚の儀」にも参加しなかったのである。

 せっかく皇室が温かく迎える空気に変わってから顔を出さなくなった正田氏の心境については(注=ちょうどその頃から、足が不自由になったのは事実だが……)、「忖度するに複雑すぎる」とたいがいの関係者はいう。御内宴を変えさせた“陰の主役”ともいえる存在だが、最も遠いところにいる人なのである。

(以上、「週刊新潮」1993年6月24日号掲載記事より)

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「大変気持ちのいい宴だったのは確かです」――。第1回【「それはもう上機嫌で“ありがとう”と…」天皇皇后両陛下ご成婚33年、天皇家の“私的な披露宴”こと「御内宴」の一部始終】では、小和田家側の出席者が証言した“皇室側のきめ細かな配慮”などを伝えている。

デイリー新潮編集部

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