【風、薫る】上坂樹里「直美」のモデルは幕臣の娘のはず なぜ“女郎の産んだ孤児”に?設定変更の深い背景
直美が「女郎の娘」に設定された理由
一ノ瀬りん(見上愛)と大家直美(上坂樹里)が看護婦の見習実習をしている帝都医大附属病院に、柏原という若い男と夕凪という女郎(村上穂乃佳)が担架で運ばれてきた。ヒ素を服毒して心中を図ったのだという。医師たちは「女郎はあとだ」といって柏原の処置を優先するので、まずはりんと直美が夕凪を引き取って看護した。結果は柏原が命を落とし、夕凪は一命を取りとめた。NHK連続テレビ小説『風、薫る』の第10週「疾風に勁草(けいそう)を」(6月1日~5日放送)。
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「夕凪という女郎」と聞いて、「もしかして?」と感じた視聴者は多かったのではないだろうか。そう思うのは、第8週「夕映え」(5月18日~22日放送)で、商店街を歩いていた直美は、初老の男から「夕凪か?」と声をかけられていたからだ。直美の告白によれば、彼女は男と逃げた女郎が産み落とし、生後すぐ教会の前に捨てた孤児で、母親の顔も知らずに教会で育ったという。そんな直美にそっくりの女郎が夕凪という名であるなら、夕凪は直美の母親かもしれない――。
直美はその後、たまたま会った寛太(藤原季節)に、夕凪について調べてもらえるように頼んだ。わかったのは、夕凪は25年ほど前まで品川の錦栄楼という店にいた女郎で、年季が明ける前に男と逃げたという話だった。
だが、さすがに25年前に逃げた女郎がなお現役で、いま若い男と心中を図ったとは考えにくい。だが、結論を先にいえば、帝都医科大学附属病院に運ばれた夕凪には、直美の母親とのつながりはあった。こちらの夕凪も直美の母と同様、錦栄楼で働き、その昔店にいた夕凪という女郎と同郷だったため、同じ名がつけられたのだった。その郷里とは、富士山が見える伊豆の漁師町だという。
実際に心中して運ばれてきた花魁と帝大生
病室で目を覚ますと、一命を取りとめたことを憂えて、「また地獄に戻らなきゃなんない」と言い捨てた夕凪を手厚く看病したのは直美だった。その後、回復した夕凪に感謝されるのも直美である。
この直美と夕凪の病室での邂逅を見て、筆者には腑に落ちたものがあった。じつは史実においても、りんのモデルの大関和と直美のモデルの鈴木雅が看護婦見習として実習中、帝国大学医科大学附属第一医院(以下、第一医院)に、心中を図った若い男と女郎が運び込まれてきていた。きっと脚本家は、ここで看護婦見習と、当時はかなり困難な状況下で生きていた女郎との接点をつくれると考え、その邂逅の意味を深めるために、直美を女郎が産み落とした孤児という設定にしたのではないだろうか。
というのも、直美のモデルの鈴木雅は、生まれや育ちが直美とは似ても似つかないのである。
だが、鈴木雅の出自について述べる前に、実際にあった女郎の心中事件について記しておきたい。
ある日、第一医院に担ぎ込まれたのは、根津遊廓(現・文京区根津)の八幡楼という女郎屋で働く若い花魁と、客の若い男性で、ヒ素の服毒ではなく、剃刀で喉を切るという大胆な心中だった。八幡楼の客には本郷の帝大(現・東京大学)に通う学生も多く、心中を図った客も帝大生だったという。
医師だけでなく、実習生を指導していたアグネス・ヴェッチ(エマ・ハワードが演じるバーンズのモデル)も協力して蘇生した結果、帝大生は命を落としたが、花魁は一命を取りとめた。服毒自殺ではないから、白粉で化粧された花魁の肌は血で染まっていたという。
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