「右でも左でもない」特攻隊、原爆、北方領土…重い歴史を“お笑い”で伝えるコンビ 観客が笑って涙する舞台の中身
被爆二世から依頼があった「原爆」をテーマに
アップダウンの「戦争」「平和」をテーマにした舞台は評判を呼び、その後、公演の依頼は続いた。だが、2020年からの新型コロナウイルス感染症の拡大により、ほとんどが中止や延期に。そこで、無観客公演の動画を撮影して配信したところ、大きな反響があり、学校関係者や自治体からの注目を集めることになった。
今年3月にも、東京の文京区シビックセンターで、2人の活動に賛同する地域の保護者たちが主催した原爆体験伝承漫才「希望の鐘」が上演された。
老若男女を問わず、300席ある観客席はほぼ満席で、子どもたちも大勢集まった。学校の平和教育でも活用されているアップダウンの代表作のひとつだ。
2021年に製作した漫才だが、アップダウンの活動を知った、長崎の被爆二世の会の方からの依頼で原爆をテーマに取り上げたという。
長崎に縁もなく、もちろん戦争体験もない二人にとって、戦争は「非現実的でイメージできない」ものだった。だからこそ、同じく戦争を知らない若い世代に「原爆の怖さを伝えるだけではなく、表現にユーモアや希望が欲しい。笑いや歌など、伝わりやすいやり方で伝えて欲しい」というのが、語り部たちの切なる願いだった。
舞台の序盤は、こうしたネタが制作された経緯を面白おかしく漫才で紹介。阿部さんが、コンビニ店員の「いらっしゃいませ」が「エアロスミス」に聞こえるという持ちネタで自己紹介すると、竹森さんは、「プロのミュージシャンをやっています。岩崎宏美さんに楽曲提供していて、先生と呼ばれています(笑)」と言い、つかみはバッチリ。
原爆をテーマにした世界初の漫才を作るきっかけを説明するくだりでは、
阿部「長崎の被曝二世の方から長崎に呼んでいただいたんですよ」
竹森「次は、原爆をテーマにした作品を作ってもらえないかって。さすがにちょっと無理だなと思って、お茶濁したんですよ。いやぁ、いや、いやあ、できない……」
阿部「濁し方下手だな、お前」
竹森「次の日びっくり。ホテルでテレビつけましたら、その時の様子が報道されて、アップダウンに原爆をテーマにした作品を依頼。二人も意欲を燃やしています、と」
阿部「え~~、お茶濁してたのに、え、え~~」
戦争中にこっそりどぶろくを作っていたエピソードがユーモアたっぷりに語られると、どっと笑いが巻き起こった。
その後、舞台は一転。2人が原爆を想像するのに参考にしたという、投下後の広島で被爆直後の惨状を目のあたりにした画家・丸木位里、俊さん夫妻の作品「原爆の図」の紹介がされ、作品に添えられた説明文が朗読されると、会場は静まり返った。
続いて、長崎の原爆で妻を失い、自らも大けがを負いながら、負傷者の治療にあたった被爆医師の永井隆博士と、原爆で家族を失った少年・深堀悟さんの被爆体験を二人芝居で再現すると、誰もが息をのんで舞台を見つめていた。
また敗戦後に不謹慎だと中止するところがほとんどだった盆踊りが人々の心を癒し、拠り所になったというエピソードをもとに竹森さんが作詞作曲したオリジナルソング「盆踊り」が披露されると、涙ぐむ観客の姿もあった。
教科書に書かれていない当時の暮らしぶりや人々の心情が伝えられることで、戦争の側面がより深く見えてくる。暗く悲惨な歴史がよりリアルに感じられる。
舞台を鑑賞した高山結太さん(13歳)は、「戦争は、原爆は怖いものだということが改めて分かった。その中でも普通の日常があり、僕たちと同じように笑って暮らしていた人たちも少なくないということが分かり、戦時中の捉え方が広がりました」と語ってくれた。
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