「これ何本か打ったらイチコロやねんでえ」…犬用の筋弛緩剤で5人殺害「大阪愛犬家連続殺人」、犯人の犬訓練士は「単に犬を利用していた」
何本か打ったらイチコロやねんでえ
Bさんの自宅をよく訪問していたある女性は、上田の不穏な発言を耳にしていた。Bさんの愛犬に会うための訪問だったが、そこには決まって上田がいたという。
「上田が犬好きというのは違うと思いますよ。あいつは単に犬を利用してるだけやと思います。だって、犬好きでも時には心を鬼にして、犬に向き合わなあかん時もあるんですが、上田の場合、そういう心の葛藤とかなしに、何の躊躇もなしに平気で安楽死させたりしてたみたいですもん。自分で“よその犬を取って来て捨てた”とか、“うるさいから山から落とした”とか言うてましたもん。
それと、いつも汚い軽トラックに乗ってましたけど、車には何種類かの薬を持ってました。ある時、薬の話になって、自分が今持ってる薬のアンプルで、“これ1本、犬に注射したら1分くらいでいってまうなあ”とか“そやけど人間やったらこのくらいではまだ平気やな。ちいっとばっかし眠たなるくらいやな”とか“人間でもこれ何本か打ったらイチコロやねんでえ”みたいなことを言うてました」
発掘された5人の遺体の胸の上には、それぞれ頭の大きさくらいの石が置かれてあったという。そしてその遺体の発掘現場に立ち会った上田は、遺体を見ても手を合わせるでもなく、捜査員にうながされて合掌したものの、しばらくすると「もういいですか?」と尋ねてきたという。
(以上「週刊新潮」1994年2月17日号、2月24日号、6月16日号掲載記事より)
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初公判から死刑確定まで11年半
1994年8月24日、大阪地裁で上田の初公判が開かれた。だが、罪状認否での上田は自供から一転し、「5人のことは知っているが、殺害や死体遺棄はやっていない」と起訴事実を全面否認。全面的に争う姿勢を見せ、裁判は長期化することとなった。なお、上田に筋弛緩剤などを手渡したとされる獣医師は、罰金50万円の略式命令と同年12月1日から5か月間の業務停止命令を受けている。
年が明けて1995年1月17日には阪神大震災が発生し、上田の公判も裁判官が出廷できず日程を延期した。1998年3月20日、大阪地裁は求刑通りに死刑判決を下したが、25日までに判決を不服として大阪高裁に控訴。控訴審でも引き続き無罪を主張した。
2001年3月15日、大阪高裁は一審判決を支持。控訴を棄却し再び死刑を言い渡したが、上田は最高裁に上告した。最高裁が上告を退ける判決を下したのは、2005年12月15日のこと。およそ11年半を経て、上田の死刑は確定した。
「遺体は富士山麓の樹海に捨てたと言っている」――。第1回【犬の安楽死に使う“筋弛緩剤”で男女5人を…94年「大阪愛犬家連続殺人」馴れ馴れしい素顔と立件できなかった“遺体なき別の犯行”】では、遺体が見つからなかったもう1つの殺人などについて伝えている。
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