W杯予選がきっかけで“戦争”が勃発したことも! “世界最大のスポーツ祭典”驚愕のトリビア 母国勝利に狂喜して囚人を解放…刑務所長に下された“目がテンになる判決”
日本でいうと、教育委員会にあたる組織から、こんなお達しが出たことがあった。ドイツのバイエルン州でのことである。
「ワールドカップのビッグゲームの日には、小、中学校では宿題は出さなくて良い」
1974年のワールドカップ・西ドイツ大会の時だった。その理由が振るっている。
「ワールドカップのような世界的イベントを観ることは、授業の一環である」
ワールドカップ(以下、W杯)が近づいてきた。それは、まさに一つのスポーツが、国民的行事となる瞬間と言っていいだろう。そして出場国の国民の思い入れは、時に信じ難い逸話の数々を生んで来た。
大会を前に、その歴史を含め、文字通りワールドワイドなトリビアを紐解きたい。
「サッカーに負けて自死」は本当か
「211」
「206」
「193」
何の数字かご存知だろうか? 答えは上から「国際サッカー連盟(FIFA)に加盟している国と地域数」「国際オリンピック委員会(IOC)に承認されている国と地域数」「国際連合の加盟国数」である(2026年5月時点)。
サッカーの世界的人気の高さが窺われよう。人気だけでない、歴史も古い。ボール一つあれば出来る手軽さゆえか、紀元前3000年の古代エジプトの遺跡からは革製のボールが見つかり、紀元前1600年のメキシコの遺跡からは、球技場の跡が発掘されている。特に後者は極めてサッカーに似た競技がおこなわれていたことが判明している。
20世紀前半にはプロスポーツとして認知された分、五輪がプロの流入を嫌がり、1932年のロサンゼルス五輪の種目からサッカーが削除されることになった。これが反動となり、1930年、第1回W杯がウルグアイで行われ、以降、イタリア大会、フランス大会と続いた。
ところが、ウルグアイは同年が建国100周年で政府の全面バックアップがあったものの、イタリアは「巨大なスタジアムを作って、そちらを満員にする」と誘致したが、その会場名が「PNF(国家ファシスト党)スタジアム」(時の政権者はムッソリーニ)。フランス大会では、優勝候補だったオーストリアが直前にドイツに併合される事態に。ドイツはオーストリアの代表数選手を引き入れ、実質的に混成チームで大会に臨むが、オーストリアの選手たちにヤル気があるわけがなく、初戦で敗退した(※当時は予選リーグなしのトーナメント制)。大会後は開催国のフランスもドイツに占領され、W杯は12年間、行われなかった。いずれにせよ、国威や祖国愛と不可分な関係にあるのが、W杯と言ってよいだろう。
それが如実に出たのが、1950年に再開されたブラジル大会の決勝である。
戦禍を被った欧州ではとても無理ということで南米での開催となったわけだが、低所得者でも特別な用具なく楽しめるサッカーは同国一の人気スポーツである。実質的な決勝戦であるブラジルvsウルグアイが行われたマラカナン・スタジアムでは19万9854人と、現在でもサッカー史上最多となる観客を動員。ゲートを壊してタダ見したファンもおり、実際には22万人ほどが目撃したとされる(※1)。
ところがこの決勝で、ブラジルは1‐2で逆転負け。逆転のゴールを決めたウルグアイのギジャ選手は後年、こんなコメントを残している。
「マラカナンの20万人を一瞬で黙らせた人間はたった3人しかいない。フランク・シナトラ、ヨハネ・パウロ二世、そして私だ」
試合後は地獄絵図が展開された。会場内で「自殺者が2名、ショック死が2名」出たとされる。俗に、「マラカナンの悲劇」とされる惨事である。この時のブラジルのユニホームは白だったが、以降、「白は不吉な色」として、現行のカナリア・イエローに変わったのは有名なエピソードである。
ところが、近年の研究により、意外な事実が発覚した。当時の記録を精査しても、死者が出たというデータは見つからなかったのである。
〈スタジアム内でショック死したり自殺したという、一部で伝えられているような記録は残っていない〉(『マラカナンの悲劇』新潮社。2014年刊)
世界中で伝説化している逸聞だけに意外だったのだが、一方で、“当事者”のこんな証言もある。決勝を戦ったウルグアイ代表のバレラ選手の回顧である(「朝日新聞」2014年6月3日付)。
〈バレラは観客が投身自殺するのを見た。「目の前で(席から)身を投げ出した人が2、3人いた」〉
公的な記録として残っていないというという可能性もあるが、前書は、混雑による転倒や落下での重傷者が96人、不調を訴えた観客は73人とした上で、こう警鐘を鳴らしている。
〈もしブラジルが優勝していたら、すさまじい騒ぎとなり、交通事故や喧嘩などで少なくとも数十人規模の犠牲者が出ていたはずだ。優勝を逃したせいでこれらの死者が出なくてすんだのは、皮肉だった〉
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