【笑点60周年】出演は「実は乗り気ではなかったんですよ」 大喜利メンバー時代の「5代目三遊亭円楽」に“降板”を決意させた師匠の指摘

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岩波書店からも礼状が

「で、『笑点』出演第1回目の挨拶は一言、“湯上がりの顔です”、それだけです。そうしたらね、新聞の投書欄にね、“湯上がりの顔って何者だ”“あの男の芸名を知りたい”とかね、投書が殺到したんですよ。へぇー、こういう効果があるのか、と思いましてね、それを半年ぐらい続けていました」

 その円楽師匠をさらなる人気者に押し上げたのは、例の「星の王子さま」というキャッチフレーズ。誕生は偶然だった。

「電車に乗っていたらね、女学生が“私に貸して、私に貸して”ってキャーキャー騒いでいる。何か本の取り合いをしているんですよ。で、アタシは“君たち、ちょっとうるさいよ。騒々しいでしょ”と注意したんですよ。“ところで、その本何それ?”と言って見せてもらったら、“サン=テグジュペリの『星の王子さま』ですよ”というんですね。

“これ流行っているの?”と聞いたら、“今、これを知らなき話題に飛び込めないですよ”と言われましてね、よしこれでいこうと。それで“星の王子さま”ですよ。(出版元の)岩波書店からも礼状をもらいましたよ。おかげさまで売れました、ってね。驚いちゃったね、アタシは」

「50歳になったらダメになる」と言われ

 売れたのは本だけではない、円楽師匠自身も売れに売れた。一時、レギュラー番組はラジオ3本、テレビ7本という売れっ子ぶり。しかし、しばらくして転機が訪れる。キッカケは円生師匠の一言だった。

「青島幸男が司会の番組で“円楽一代記”をやってくれたんですよ。ゲストは円生師匠。青島が“師匠、噺家として円楽さんは将来、どうでしょうかね”と聞いたら、円生師匠が“ああ、これはダメです”って言うんですよ。“何でダメなんですか”と青島が聞くと、師匠は“だってこんなにチャラチャラして、ヘンな恰好してタレントだなんて言われてチヤホヤされたら、50年噺家をやっているアタシなんか、こうやって潰れていったのは何人も見ています。この人は50歳になったらダメになります”ってね。

 生放送だから編集もできなくて、そのまま放送されちゃったんですよ。やはり師匠はそういう考えか、と思いましてね。スタッフやスポンサーを回ってね、“どうか『笑点』を辞めさせてください”ってお願いしたんです。でもね、“視聴率がいいのに何で辞めるんだ”と誰も納得してくれない。結局、5年かけてレギュラー全部辞めました」

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