巨人に現れた「雑草コンビ」の正体 竹丸和幸と平山功太、無名時代からの“逆転人生”

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 一度は野球を断念しかけた男たちが、巨人の浮上を支えている。

 ドラフト1位ルーキーの竹丸和幸は、開幕投手を務めて球団史上初となる新人開幕戦勝利をマークし、ここまでチームトップの5勝を挙げている(成績は5月20日時点)。育成出身3年目の平山功太は、4月に支配下登録を勝ち取ると、外野の一角としてスタメン出場を増やし、打線に勢いをもたらしている。【西尾典文/野球ライター】

順風満帆ではなかった

 高校時代から全国的に名を知られたエリートではない。むしろ、2人とも野球をやめる可能性すらあった選手だ。そんな“異色の苦労人”が、首位争いに加わってきた巨人で存在感を増している。

 投手陣を牽引する存在となっているのが、竹丸だ。

 新人ながら開幕投手を任されると、阪神を相手に6回1失点で初勝利をマークした。巨人のルーキーが開幕投手を務めたのは、1962年の城之内邦雄以来64年ぶり。勝利投手となったのは球団史上初の快挙である。その後も先発ローテーションを守り、7試合に先発してチームトップの5勝を挙げている。

 しかし、竹丸は決して順風満帆に歩んできたわけではない。

 崇徳時代は2年秋に中国大会に出場しているが、登板はなく、チームも準々決勝で西純矢(現・阪神)と草加勝(現・中日)を擁する創志学園に敗れている。3年夏は登板機会こそあったものの、広島大会の4回戦で敗退。背番号は10だった。

 中国地区担当のNPB球団スカウトに当時の竹丸について聞いても、「全く注目していなかった」と話していた。

 竹丸本人も高校卒業後は野球を続けるつもりはなかったという。それでも周囲の勧めもあり、城西大に進学して野球を継続。2年春から投手陣の一角に定着した。

 チームは4年春まで首都大学野球の二部に所属していたため、ここでもドラフト候補として名前が聞かれることはなかった。初めて一部に昇格した4年秋には3勝をマークし、リーグ2位となる防御率1.52を記録。筆者もこのシーズンに竹丸の投球を現地で見たが、鋭い腕の振りと140キロ台中盤のストレートは強く印象に残っている。

巨人の作戦勝ち

 竹丸の才能が本格化したのは、社会人の鷺宮製作所に進んでからだ。

 1年目の夏場以降に先発に定着すると、2年目は春先からエース格へと成長。チームを都市対抗出場に導き、本戦でも初戦のTDK戦で6回を投げて被安打2、1失点、8奪三振の好投を見せ、全国大会初勝利を挙げた。

 この頃には社会人ナンバーワン投手という評価を確立。巨人が早々に1位入札を公言し、単独指名で獲得することになった。

 竹丸の良さについて、他球団のスカウトはこう話している。

「典型的な遅咲きの投手ですね。社会人1年目はまだ体つきも頼りなくて、ストレートも140キロ台中盤でしたが、2年目にはコンスタントに150キロ近く出るようになり、変化球も生きるようになりました。単独指名は、早々に1位を公言した巨人の作戦勝ちと言えるでしょう。スタミナ面にはまだ不安がありますが、5回から6回を投げて試合を作る力は十分だと思います」(関東地区担当スカウト)

 巨人のルーキーで二桁勝利となれば、2013年の菅野智之(現・ロッキーズ)以来となる。左投手では過去に1959年の伊藤芳明のみ。この調子が続けば、そんな偉業も現実味を増してくるだろう。

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