実父の「シモの世話」は妻に任せ、浮気に走り…「長門裕之」が、妻「南田洋子」の“老後の復讐”に怯えた理由 献身的「老老介護」の裏側 【没後15年】

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連日の徹マン

 ある時、遅れて楽屋に入った妻から消毒液クレゾールの臭いを嗅いで、長門は“洋子に一生頭が上がらないと思った”という。だが、当時の長門が取ったのは、そんな思いとは裏腹な行動だった。都知事選である候補を一緒に応援しようという誘いを妻が断ると、

《長門は「バカヤロー」と同時に私の頬を叩いたのです。結婚して以来、初めての暴力でした。それは冗談や粋狂のような張り手ではなく、私の軽い体がソファーにふっ飛んでしまうほど強烈なビンタでした》

 耳鼻科で診断を受けると、鼓膜が破裂していた。ある芸能記者からは、こんな話も聞こえてくる。

「夫妻の世田谷の豪邸の地下には、サウナやホームバー、仮眠室まで備えたプレイルームがありました。南田さんが仕事と介護でいっぱいいっぱいだった時期にも、“麻雀命”だった長門さんはそこで連日のように徹マンに耽っていたんです」

 ほかにも、夫が思いつきで始めたステーキハウスの赤字を、妻は陰ながら補填し続けた。夫の“映画道楽”で生まれた4億円もの借金も、妻は我が事として返済に努めたのである。

洋子の復讐が怖い

 もっとも、妻の偉さは当の長門が一番分かっていたようだ。『待ってくれ、洋子』には、こんな一文がある。

《おしどりどころか、まったくのダメ亭主である僕を、唯一無二の夫として愛してくれた洋子。洋子の大きな手のひらの中で、僕はアッチコッチと飛び回っていただけだ。いつも女王様のように鷹揚に構えていた洋子は、妻、女優、家族の介護と、陰でどれぐらい苦しんだんだろう》

『婦人公論』98年5月7日号の手記にある次の一節は、まさに長門の本音だろう。

《(もし自分が介護を受ける立場になった場合)最後の瞬間に行われる洋子の復讐。それが僕は怖い。自分が今までやってきたことがわかるだけに》

 最後の最後に、認知症の南田さんを懸命に介護することで何とか“罪滅ぼし”を果たした長門……彼岸の妻は苦笑しているかもしれない。

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 この記事の2年後、2011年に長門さんは妻の後を追って鬼籍に入った。南田さんより先に逝かなかったことは幸いと言えるだろう。2人は今、東京・中野の高徳寺にある墓地に共に眠っている。あの世では、どのような夫婦を演じているのだろうか。

【前編】では、長門さんの女性関係と暴露本騒動について記している。

デイリー新潮編集部

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