今こそ『国富論』から“時代の振り子”を学ぶべき理由と「ワイズ・スペンディング」の落とし穴

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高市政権の「ワイズ・スペンディング」に潜む危険性

 アダム・スミスは国家の役割についても言及しています。基本、政府の役割は限定的にすべきだと主張しているのですが、これも新自由主義的な「政府は一切、市場に介入すべきではない」といった極論を述べているわけではなく、「安全保障」、「司法」、そして「公共事業」に限定すべきだと述べています。

 公共事業とは言い換えれば、高市政権も力を入れている「国土強靭化」につながるインフラ投資のことです。

 よく政府の財政政策における公共事業について「国が野放図に国債を発行して投資を行うと財政が立ち行かなくなるから、ちゃんとリターンが期待できる分野のみに的を絞って投資を行うワイズ・スペンディング(賢い支出)を心掛けるべきだ」などと提言する有識者がいますが、私はこれは危険な発想だと思います。確実にリターンが得られる事業への投資には真っ先に民間企業が取り組んでいるわけで、政府がやるべきは放っておいたら誰も手をつけないような、大きなリターンが期待できない老朽インフラの改修や補修などへの投資だからです。

 アダム・スミスが政府の重要な役割のひとつに公共事業を挙げているのはまさにこうした意味合いからであり、やはり新自由主義とは一線を画す思想と言えます。

〈重商主義の本質などの『国富論』のエッセンス、そしてビジネスパーソンがおさえるべきもう一つの大著『道徳感情論』のエッセンスについては、「新潮QUE」で詳述している〉

デイリー新潮編集部

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