【豊臣兄弟!】わずか3年で消えた“幻の城”に見る信長の野望 宣教師を驚かせた異例の歓待と「海外への視線」

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宣教師のベタ褒めは信長のねらい通り?

 その甲斐あって、フロイスは『日本史』で安土城をベタ褒めしている。

〈信長は、中央の山の頂に宮殿と城を築いたが、その構造と堅固さ、財宝と華麗さにおいて、それらはヨーロッパのもっとも壮大な城に比肩し得るものである。(中略)石垣のほかに、多くの美しい豪華な邸宅を内部に有していた。それらにはいずれも金が施されており、人力をもってしてはこれ以上到達し得ないほど清潔で見事な出来栄えを示していた。そして(城の)真中には、彼らが天守と呼ぶ一種の塔があり、我らヨーロッパの塔よりもはるかに気品があり壮大な別種の建築である〉

 信長はフロイスらに、安土城がヨーロッパの城とくらべても遜色なく、あるいはそれ以上にすばらしいと伝えてほしいと、再三依頼したのではないだろうか。フロイスの記述を続ける。

〈この塔は七層から成り、内部、外部ともに驚くほど見事な建築技術によって造営された。事実、内部にあっては、四方の壁に鮮やかに描かれた金色、その他色とりどりの肖像が、そのすべてを埋めつくしている。外部では、これら(七層)の層ごとに種々の色分けがなされている。あるものは、日本で用いられている漆塗り、すなわち黒い漆を塗った窓を配した白壁となっており、それがこの上ない美観を呈している。他のあるものは赤く、あるいは青く塗られており、最上層はすべて金色となっている。この天守は、他のすべての邸宅と同様に、我らがヨーロッパで知るかぎりのもっとも堅牢で華美な瓦で掩われている。それらは青色のようにも見え、前列の瓦にはことごとく金色の丸い取付け頭がある。(中略)このようにそれら全体が堂々たる豪華で完璧な建造物となっているのである〉

 さて、信長は巡察師ヴァリニャーノが安土を発つ前に、〈さらに大きい別の好意を示した〉(フロイス『日本史』)という。そこには続けてこう書かれている。

〈一年前に信長が作らせた、屏風と称せられ、富裕な日本人たちが、独自の方法でもちいる組み立て(式の)壁である。(中略)彼はそれを日本でもっとも優れた職人に作らせた。その中に、城を配したこの市を、その地形、湖、邸、城、街路、橋梁、その他万事、実物通りに寸分違わぬように描くことを命じた。この製作には多くの時間を要した。そしてさらにこれらを貴重ならしめたのは、信長がそれに寄せる愛着であった〉

海外におけるイメージアップ戦略

 要するに、信長は狩野永徳に命じて、安土城と城下町を屏風にきわめて精密に描かせ、完成した屏風に大いなる愛着を寄せていた、ということだ。なにしろ、正親町天皇から「屏風を譲ってほしい」と懇願されても、信長は断ったという。それほど特別な屏風を、信長はヴァリニャーノには躊躇なく贈ったのだ。

 フロイスによれば、信長は〈伴天連殿が予に会うためにはるばる遠方から訪ねて来て、当市に長らく滞在し、今や帰途につこうとするに当り、予の思い出となるものを提供したいと思うが、予が何にも増して気に入っているかの屏風を贈与したい〉と、自分から申し出たのだという。

 自身の偉業を、宣教師たちに見せるだけでなく、実際に描写されたものを彼らに送ることで、画像として具体的に伝わるように企図したのである。

 事実、この屏風はその後、天正遣欧少年使節に託され、ローマ教皇グレゴリウス13世に献呈され、ヴァティカン宮殿の地図の間にしばらく展示されていた。その後、長く行方不明になっているが、これが見つかれば、安土城の外観を復元するうえで決定的な史料になると考えられている。ともかく、この屏風がヨーロッパに届けられたことで、安土城という名とその雄姿は、日本建築としてはじめてヨーロッパに正確に伝えられることになった。

 これほど大事にしていた屏風を贈ったことからも、信長がなにを願っていたかがよくわかる。自身をヨーロッパの王にも比肩し得る君主であると、ヨーロッパをはじめ諸国に伝えたいと強く願っていたことは、疑う余地がない。実際、信長は海外進出を目論んでいたとされる。秀吉の朝鮮出兵とは異なる巨大艦隊による進出で、貿易の範囲のつもりだったか、侵略をともなうつもりだったかはわからない。

 いずれにせよ、そのためにも自身のイメージを世界においてアップさせたいというのが、当面の「信長の野望」だったと思われる。だが、屏風を載せた船が長崎港を発った4カ月後、信長は本能寺に斃れることになった。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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