何かと“批判”を浴びがちなプロ野球の審判だが…「ぜひ球場で審判の動きを見てほしい」 ラジオ実況のベテランが審判を紹介する際に必ず“さん付け”する理由
差のあった審判
あくまで個人的な感想ですが、セ・パそれぞれの審判部が完全に統合された2011年、正直に言って「下手だな」と思う審判が何人かいました。そう感じる審判は、すべてパ・リーグ出身でした。
当時、巨人戦はほぼ全試合が地上波テレビで生中継されていました。セ・リーグの審判は、常に衆目が集まる中でのジャッジを強いられ、ひとつの判定でバッシングされかねない緊張感を求められていたのに対し、パの審判は中継もほとんどなく、観客も少ないこととから、それほど強い緊張感がなくても務まっていたのだろうか……当時の私は、そう思っていました。
あれから15年が経ち、各リーグ所属時代を知らない世代も増える中、審判全員が同じ緊張感をもってジャッジにあたっていると思います。
審判が1軍の試合を裁くまでの道のりは、決して楽なものではありません。前述のNPBアンパイヤスクールで、特にその技量が認められた者だけが育成審判員となり、育成期間中に最終試験に合格して、初めて正式な審判として採用されますが、その後は何年も2軍戦で実績を積むことになります。しかも2軍の試合では、審判の人数は3人です。
ランナーの有無、アウトカウントなど、状況に応じて塁審は目まぐるしく立ち位置を変える必要があります。1軍より一人少ない人数で試合を裁く経験を積むことで、審判としての反射能力、考え、動きを徹底的に鍛えられるのです。
おそらく大半の野球ファンの方は、球場で観戦しても審判がどう動いているか、気になさることは少ないかもしれません。機会があればぜひ一度、注目してください。実はかなり動き回っているのです。
打球によっては球審もカバーのため1塁へ、あるいは3塁へ走りますし、塁審も他の塁審のカバーや、外野に飛んだ打球のジャッジで外野に向かって走るなど、その運動量たるやかなりのものです。試合を円滑に進めるため、注目されない中でも、地道な努力を続けているのです。
かつて私が2軍戦の取材に行った際、炎天下の中、選手と一緒に真っ黒に日焼けしながら懸命に試合を裁いていた若い審判が認められ、1軍でジャッジする姿を見るたびに感慨深い思いが湧いてきたものです。
審判を「さん」付けで
話は変わりますが、私は試合を実況する際、審判を紹介するときは呼び捨てにせず、必ず「さん」付けにしています。これは審判へ敬意を込めた思いはもちろん、「審判がいなければ試合は成立しない」という思いが強いからです。
試合中、いったんプレーが止まると球審が「プレー!」と言わなければ再びボールが動くことはありません。つまり審判が試合のすべてをコントロールしているのです。もちろん試合をするのは選手ですが、選手がプレーをするには審判がいなければならないのです。
このように私が、審判をリスペクトするようになったのは、前回でふれた92年の阪神-ヤクルト戦で、八木の打球をホームランと判定し、抗議によって2塁打となり「誤審」と大バッシングを受けた、平光清さんとの出会いがあったからです。
試合続行を拒否する阪神・中村監督に「私は責任を取って辞める。だから試合再開に同意してくれ」と説得した平光さんは言葉通り、この年で審判を辞めました。翌年から解説者となって、まだ駆け出しの私に野球のイロハから教えてくださった恩人です。
平光さんは在職中、様々な改革に取り組み、日本の審判制度にも大きな影響を残しました。今では当たり前のことでも、平光さんが導入に尽力した仕組みも少なくありません。
次回はその平光さんについて紹介します。
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