荒川に浮かんだ“首と手足のない遺体”…「被害者は現職の警官ではないか」との情報に捜査本部が揺れた昭和27年「複雑怪奇な猟奇事件」
行方不明の警察官
内部手配された頭部に酷似していたのは、警視庁志村署の外勤(現・地域)係員、A巡査(27)だった。外見をとどめていないものの、顔や額にあるホクロの場所が同じであることや、肋膜炎の治療歴も一致した。A巡査は5月7日に外出したまま帰宅しておらず、前年4月から同居している内妻のB子(26)から届けが出ているという。A巡査宅にはB子の母(51)、と弟(16)も同居していた。B子は板橋区内の区立小学校教員。現職の警察官が殺害・バラバラにされ、その妻は現職の教員――マスコミだけでなく、世間の耳目が集まることになる。捜査本部は極秘裏にA巡査宅に捜査員を派遣、B子に事情を聴くことにした。この段階ではあくまでも「行方不明の夫を案じる妻」に、A巡査の当時の状況を聴くというものだった。
7日の朝はB子が出勤するまで、A巡査は帰宅しなかった。午後9時少し前、かなり酔って帰宅すると「これから夜勤だ」というので、「酔っているのに大丈夫?」と聞くと、「田舎から親戚が来たから休むと電話をかけてくれ」と言われ、B子が志村署に電話した。だが、10時になると「金を出せ」と言って飲みに出かけてしまい、8日になっても帰ってこない。出勤する午後9時、B子が署に「親戚の者と出かけたきり戻りませんが、どうしたらよろしいでしょうか」と聞くと「それでは休暇にしておきましょう」となった。9日も10日も帰らず、11日にはA巡査の実家に電話しましたが、行方は分からない――。
身長140センチで色白のB子はよどみなく、淡々とこれまでの状況を話した。
〈「夫は日頃行状もよくなかったらしく、私の結婚前に借金があったことは、本人から聞いています。でも、お酒を飲んでいないときは、とても温順でやさしく、本当によい夫でございました。今度家出をしたのが、借金のためなのか、女の関係なのか、私には判断できません。夫の休暇は本日までと伺いましたので、警察規律から職務放棄ということで処分されることはやむをえないものと思いますが、なにぶん寛大にお願いいたします」〉(同)
寄せられる情報
完璧な受け答えは、刑事にとって逆に疑問になる――警察官である内縁の夫が行方知れずで、自宅に帰ってこない……なのに、こんなに冷静でいられるだろうか。
一方で、警察官という仕事柄、不特定多数の、それも犯罪に手を染めているような人間から恨まれるのは日常茶飯事だ。捜査や逮捕など、過去に接点のあった人物に殺害された可能性は否定できない。捜査の結果、B子の言った通りに志村署に電話連絡はあった。同僚によると、A巡査は酒好きで短気で喧嘩っ早く、友人から借金を繰り返していたことも分かった。そのため、
〈同署でも私行を監視していた。女関係はなかったようだが、友人には土地の不良らしい者とつき合っていたと言っている〉(『犯罪の昭和史2 戦後・昭和20年―昭和34年』作品社編集部編)
そして、A巡査宅は死体を包んでいた毎日新聞を購読していることに加え、
〈(B子はA巡査と一緒に生活するまで)大阪市旭区の小学校の教官をしていたことがあり、死体を包んだ新聞紙のうちから二六年三月二五日付の大阪朝日新聞が発見された〉(同)
さらに、A巡査宅近辺を極秘で聞き込みをしていた捜査員に、衝撃的な情報がもたらされる。最初に胴体が発見された5月10日午前1時ごろ、「B子が自転車の荷台に荷物を積んで、荒川放水路に架かる橋の方に行くのを見た。20分後、もう一度見かけたが、その時は荷物を積んでいなかった」というもの。目撃された時間帯が不審さを際立たせている。しかも、目撃者はA巡査の自宅近くにある、交番の警察官だった。
捜査の網が、確実に容疑者を絞り込みつつあった。
【第2回は「『こんなに小さな弱い女が殺せるわけがないでしょう』…現職警察官を殺害したのは“小学校教員をしている妻”なのか? “取調室での号泣”に至る捜査の内幕」】
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