「やり残したことを考えた」教職を捨てシナリオ執筆、部屋に布団1枚で役者稼業…先人たちが実証する“60歳から”できること
倫理の先生が上京して芝居の勉強
60歳過ぎでトライするのはスポーツだけとは限らない。高校の教員を退職した後、シナリオ講座に通い、見事に自作の脚本が映画化されたのは、三重の谷口晃さん(72)である。
「高校では倫理を教えていました。教師になって5年目、なり手がいないので演劇部の顧問になりました。僕自身は学生時代に芝居をやっていたわけではないし、顧問になってからもあまり芝居を見なかった。退職5年前になってようやく、顧問としてこれではいけない。キチンと学ばなければ、勉強しなくてはと芝居を見るようになったのです。65歳まで非常勤講師の口がありましたが、芝居の勉強のために上京しようと決めていたので、断りました」
東京ではシナリオ講座を受講。早大などで聴講生として演劇の勉強をした。
「芝居の脚本の講座はなくて、テレビや映画の脚本のものならたくさんありました。そこで入ったのがシナリオ作家協会の講座です。家賃7万円のアパートに住み、2年間勉強しました」
その後、三重に戻り、シナリオコンクールに応募を続けたが鳴かず飛ばず。
「一次で落ちてしんどかった。そんな時、2006年に月刊『シナリオ』主催のピンク系の映画シナリオコンクールに応募したのです。トップ入選すると映画化されるということでした。そういうシーンを4回入れるのが常道ということで、老人の性をテーマにした脚本を書きました。多分通らないだろうと思って出しましたが、トップ入選。いまおかしんじ監督で『たそがれ』というタイトルで2008年に公開されました。秋田の映画祭に出品された時は見に行きましたが、終了後、客席から拍手が起きたことが記憶に残っています。周囲の反応はどうかといえば、僕が倫理の教師だったので言いにくいのか、女房は何も言わない」
その後も、シナリオを書き続けているが、なかなか映画化、テレビドラマ化は実現しない。それでも、「東京で勉強した2年間は充実していた」と語る。
ガランとした部屋に布団1枚
谷口さんと同じように、止むに止まれぬ思いから上京。役者の世界に飛び込んだのは、愛知の藤澤知子さんだ。前出の人達よりもちょっと若い58歳だが、2年前に俳優養成学校、明治座アカデミーのオーディションに合格した。
「ずっと主婦と子育てをしていましたが、子供が大学生になった時、『これからは私の人生だ。し残したことは何だろう』と考えて芝居をやりたいと思った。高校時代自分で演劇部を立ち上げたぐらいで、芝居への気持ちが残っていたのだと思います」
オーディションでは着物姿で尾崎豊の曲をアカペラで熱唱した。
「合格してから1年半は週に1回レッスンを受けるため新幹線で通っていましたが、卒業後は東京に引っ越し、明治座のすぐ傍に住んでいます。ガランとした部屋に布団1枚。『私、何だか若者みたい』と思ったこともあります」
現在、若い役者たちに交じり、様々な舞台で活躍している。
「明治座で殺陣や日舞、ボイストレーニングなどを学びながら、プロデュース公演などに出演しています。この前は、明治座以外の芝居に出て、メイド頭の役で舞台に立ちました。若い人からエネルギーをばんばん貰いましたよ」
[2/3ページ]

