「肌ツヤツヤ」「試合は血が躍る」70歳でエベレスト、80歳のボディービルダー…“60歳”以降に挑戦した人たちの充実人生

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定年を機に始めた合気道

 同様に88歳の今も日々精進を怠らないのは、昭道館合気道2段の坂元弘明さんである。

「大正14年生まれですから今年で米寿。最近はさすがに若いころ患った中耳炎の後遺症もあって、耳が遠くなってきました」

 酒類卸会社で総務畑を歩んできたが、60歳の定年を機に合気道を始めた。

「子供の頃、柔道はやっていたものの、その後にスポーツらしきものは一切していませんでした。どうしようかなと思案しているとき、マンションの掲示板で『合気道の生徒募集』という貼り紙を見て、入門したのです。でも型と基本技を徹底的に教えるものの、試合は厳禁という流派でした。もの足りなくなり、昭道館連盟の道場『養氣會』に再入門しました。もう64歳になっていましたかね」

 最初のランクは7級。

「70歳と少しで初段、81歳で2段になりました。黒帯を締めた時は嬉しかったですね。試合にも出ましたが、やはり血が躍りますね。ただ、80歳を過ぎ、年齢制限で試合に出られなくなりました。稽古はベランダでもどこでもできますが、最近は面倒くさくなることが多く本を読んでゴロゴロしているようになった。そこで今は3段を目標にして頑張っています」

何とも言えない爽快感

 進級はやはり励みになる。パラグライダーでパイロットの資格を取得したのは、飲食店経営者の渡辺泰司さん(65)である。

「60歳になって何か楽しい趣味を持ちたくなりました。その時、出会ったのがバラグライダーです。夢中になり、スクールに月3、4回通いました」

 パラグライダーにはA級ライセンス、B級ライセンス、ノービスパイロット、そしてパイロットなどのランクがある。渡辺さんは飛び始めて3年で上位の資格を取った。

「この資格で海外でも飛ぶことができるので、そろそろトライしてみようかなと思っています。このスポーツの何がいいのかといえば、文字通り、一羽の島になって空を回遊できることですよ。上空から眺める下界は車など豆粒のように見えますし、悠然たる気持ちになります。富士山頂から飛んだこともありましたが、危険を感じるどころか、ふわふわと浮遊している時は何とも言えない爽快感がありました」

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 子供が大学生になった時、これからは私の人生だと――。第2回【「やり残したことを考えた」教職を捨てシナリオ執筆、部屋に布団1枚で役者稼業…先人たちが実証する“60歳から”できること】では、シナリオライターやシンガーソングライター、ミステリー作家など、作品を“発表する立場”になった人々を紹介する。

デイリー新潮編集部

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