情報番組の「コメンテーター」は本当に必要か? 全く畑違いなのに「専門家風のコメント」を求められることへの違和感

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コメンテーターは必要なのか

 私自身現在コメンテーターの仕事をしているが、この仕事は本当に恐ろしいと感じる。なにせ、番組で憶測や感想を述べると、それが大勢の人に伝わり、世論に少なからず影響を及ぼしてしまうからだ。

 コメンテーターは出演中、「番組全体の空気を読む必要がある」「ゲストの専門家を立てなくてはいけない」「その後ネットで叩かれたらよくない」という意識が働き、とにかく無難なことを言う傾向になる。さらには、視聴者が納得しそうなことを言わなくてはいけないというプレッシャーもかかる。そうした、何重にもバイアスがかかった上で発せられるコメントが、あにはからんや、世論を作ってしまうのだ。そう考えると、冷静に以下のような疑問を呈したくなる。

 ――コメンテーターって必要ですか? メディアは淡々と事実を伝えればいいだけでは……と。

「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日系)では、コメンテーターの玉川徹氏が、過去には安倍晋三元首相の国葬について誤解を与える発言をし、最近でもイスラエルについて、イスラエル大使館から苦言を呈されるような事態になっている。

 コメンテーターは、専門分野とまったく関係のないことに対してもコメントをすることが求められることがある。その際、適切なコメントができるかといえば、答えはノーだ。私自身もそれはできない。

 私はネットニュース編集者として、ネットの書き込みや論調については意見ができるが、正直、イラン戦争に対しての知識はない。だが、コメンテーターは「その場にいる何らかの専門家」として、専門家風の意見をすることを求められる。これが実に危うい。京都の件についても、イランの件についても、コメンテーターは本来意見を挟むことを躊躇すべきである。もっと言うと、テレビ局は、プロ中のプロだけを出すべきだ。

「庶民感覚が必要だ!」という意見もあるかもしれない。だが、コメンテーターになるような人物はそもそも、庶民ではない。かなり成功した富裕層であり、インテリばかりだ。そうした人々がより有名になり、小銭を稼ぐためにコメンテーターの仕事をしている。その当事者である私ですら、「コメンテーターなんていらない」と思っている。

ネットニュース編集者・中川淳一郎

デイリー新潮編集部

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