「徹子の部屋」放送開始50周年を“珠玉の秘話”で振り返る…トレードマークの「たまねぎヘア」には“プロ意識に根ざした理由”があった
最終回を決めるのは、あのタレント!
「最も発行部数の多い自叙伝」として、こちらもギネス世界記録に認定されている徹子著の「窓際のトットちゃん」にもあるが、幼少時から興味の度合が奔放だった徹子は、小学校を退学させられている。そんな徹子を受け容れた転校先の校長である小林久作から、言われた言葉は、徹子の大きな礎となっている。
「君は本当はいい子なんだよ」
「徹子の部屋」でも、スタッフには同じ大きさでケーキを切り分け、番組でお菓子を貰った際は、必ず徹子が音頭を取って、あみだくじで取る順番を決める。嫌いな言葉は“差別”、好きな言葉は“平等”とか。
病気による「徹子の部屋」の収録休みは、開始以来、一度もなし。これは、番組開始の数年前、ある仕事を病欠してしまい、医者に、「病気にならないにはどうすれば良いですか?」と聞いた時の忠告を実践してるのが大きいという。
「好きな仕事だけやること。体の疲れは取れても、心の疲れは取れないから」
50年を超え、その人気も魅力もますますその盛んな感のある「徹子の部屋」。現在92歳の徹子が100歳になってもの続行が望まれるが、実は最終回を決める人物が、既に存在するという。
それは、マッチこと、近藤真彦。「ザ・ベストテン」時から「息子」と呼び可愛がって来たマッチに、「もし番組を観ていて、『もうダメだ』と思ったら、辞めるから言ってね」と頼んであり、快諾を得ているという。とはいえ、マッチは、不安げにこう付け加えたとか。
「でも、その時まで、僕の方が生きてるかなあ……」
※1:日本における呼称は、1970年10月4日付の朝日新聞が女性解放運動の原語である「Women's liberation movement」をウーマン・リブと表記したのが始まり。同年11月13日の週刊朝日では「ウーマン・リブ座談会『抱かれる女』から『男を抱く女』へ」という記事が掲載。女性の意識改革に拍車をかけた。
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