「僕は死亡適齢期に達している」と言う横尾忠則にとっての“死” 「生の終わりだなんて考えたことはない」

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 ここ数年というか10年以内に随分大勢の友人、知人を亡くしました。大半が1960年代に知り合った著名人達です。こうした人達は僕が20代後半から、30代の初頭にかけて出合い、何らかの形で一緒に仕事をしてきた人達です。

 現在僕は89歳で、今年の6月の誕生日を迎えると90歳になります。彼等の大半は年長者です。もし生きている人がおられるとそのほとんどが90代になっておられますが、そんな友人、知人はほんとに5本の指に満たないほどの数です。

 そして驚くのは僕より年少者がすでに沢山亡くなっているのです。亡くなった人の名前を挙げると皆様はきっと驚かれると思います。

 ということは僕自身が死亡適齢期に達しているということです。あと何年もすると年長者の友人、知人はほとんどいなくなると思いますが、その前に自分の命の時間もそう長くないことは事実です。

 この間から、昔知り合った人や、一緒に仕事をした人、遊んだ友人、知人をひとりひとり選定して、その後の消息を調らべてみました。郷里や、20代の神戸に住んでいた頃だけでなく、上京して間もなく知り合った人達の消息を人づてに尋ねてみたのです。

 その内の多くの人がすでに亡くなっていました。僕は平均寿命を遥かに越えて生かされています。そんな事実を知って僕は自分にこの肉体を与えてくれた両親に思わず感謝しました。また僕を大病から護ってくれて20代まで育ててくれた養父母への感謝も忘れるわけにはいきません。

 今後、僕はどれほど生かされるのかもわかりません。また、69年も連れそって、僕の健康管理を支えてくれている妻の内助の功にも守られています。妻も、僕とひとつ違いの老齢ですが、二人共何んとか生かされて、絵を描き続けさせてもらっています。

 二人にいつ何が起こっても不思議ではなく、二河白道(火の河と水の河の間にかかった橋)の細い道を歩んで何んとか向こう岸に無事に渡れることを願うしかありません。二人共男女の平均寿命をかなり越え、いつ、どちらが先きに逝くとも限らない年齢に達しています。

 そんな毎日ですが、明日に望みを抱いて、何んとか生かされています。本誌(「週刊新潮」)の読者の大半は僕の年齢の前後の方だと編集部から聞いています。いつも「横尾さんが想っていらっしゃること、考えておられること、行動しておられることを書いてもらえれば、それが読者の関心事と一致します。たとえ若い頃の想い出話をしても本誌の読者は同じ時間を共有しているので、好きなことを書いて下さい」と言われています。

 もしこのエッセイを僕より年少の若い人が読んだら、随分考え方、生き方がズレていると感じられるかも知れません。でも、その人達もいずれ僕と同じ年齢に達します。読者の中に僕の考え方がまだ老人に達していないと考える人がおられれば、その方は僕より年長者かも知れません。

 僕は年相応という考え方が嫌いです。年齢は不相応でいいのです。年相応はすぐ、その人のファッションに表われます。年を取れば取るほど若い人の流行ファッションを身につけて下さい。そんなあなたを見て笑う人がいるかも知れませんが、馬鹿にして笑っているのではないのです。尊敬して好感を抱いているのです。

 年を取れば死を無視する生き方は大変難しいです。死に希望を持て、と言ったってそれは無理でしょう。死は絶望で希望ではないと怖がられそうですが、僕は昔から唯物論者ではないので死が生の終りだなんて考えたことはありません。子供の頃から両親によく田舎芝居を観に連れていかれ、知らず知らずの内に因果応報という概念を植えつけられていました。その後大人になって歌舞伎などでも因果応報、前世の行いが今生に反映しているという物語に触れ、いつの間にか僕の中に輪廻転生によって生死を超越した世界観を持つようになったのです。

 そんなわけで死の話など平気でする子供でした。この問題を思想でとらえると分別臭い理屈の世界に入ってしまいます。僕は言葉で物を考えるより、五感という肉体感覚を通して考える人間なので、知性というよりは、それを超えた別の領域の力の方に親しみを感じる。死は肉体の消滅と同時にやってくるというより、死と同時に新しい霊的肉体を獲得するので、死はそんなに避けるべきものではなく、死ぬと同時に「これが死なんだ」と新しい領域との遭遇にきっと興奮すると思うのです。

 そして新しい環境で別の生に出合ったんだと、きっとそう思うでしょうね。頭から知を捨てれば、死は恐怖の対象ではなくなります。子供の頃から死に興味があったので僕の絵にはいつも死が底辺に流れています。

横尾忠則(よこお・ただのり)
1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。第27回高松宮殿下記念世界文化賞。東京都名誉都民顕彰。日本芸術院会員。文化功労者。

週刊新潮 2026年4月30日号掲載

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