良からぬ輩に取り込まれ…86年に台湾で客死した「異端の元皇族」 “庶民”となった「賀陽家の長男」が体験した“不名誉な事件”
他の元皇族と扱いは同一
「本人は関西に住んでいましたが、葬儀などは東京の豊島岡葬祭場で行います。そこが宮内庁の管轄で、しかも元皇族で長男ということなので、一応、宮内庁の方で取りまとめて下さるそうです」
と、弟の宗憲氏が言えば、宮内庁の関係者も、
「賀陽さんは両陛下に連なる御親戚に当たる元皇族ですから、宮内庁も何がしかのお手伝いをします。すでに天皇、皇后両陛下のお名前で花を贈られましたが、お通夜には、御榊が贈られます。そして葬儀には、両陛下の名代として、侍従が参列します。いや、賀陽さんも女性のこととかで色々ありましたけど、だからといって、他の元皇族の方と扱いが別になるなどということはありません」
と言うのだが、天皇家は本心で「ホッとしているのでは」と見る向きもある。先の河原氏がいう。
「陛下は天皇家の生活態度にものすごく厳しい方なんです。何か問題が起きると、激しい口調で侍従などに怒鳴られるそうです。邦寿氏の行状など、とうてい我慢できなかったでしょうね」
皇室に詳しい別の事情通によれば、宮内庁が悩まされ続けた旧宮家は東久邇家と賀陽家だったという。ところが、東久邇家はもう力がなくなり、今度は賀陽さんが亡くなった。安堵しているという見方が出るのも無理はないようである。
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「殿下」と呼ばれていたのが、その日から「賀陽くん」――。第1回【「殿下」と呼ばれていたのに…86年に台湾で客死した「異端の元皇族」 京大卒「賀陽家の長男」の人生を変えた「臣籍降下」の衝撃】では、邦寿氏の実弟・宗憲氏が臣籍降下に際した心情を明かしている。
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