良からぬ輩に取り込まれ…86年に台湾で客死した「異端の元皇族」 “庶民”となった「賀陽家の長男」が体験した“不名誉な事件”
「金銭感覚がまったくないんだねえ」
だが、そんな私生活の突飛さとは別に、邦寿氏は世間の耳目をそばだてるような騒動を何度となく起こしてきた。最初は、昭和43(1968)年の参院選出馬だ。
「『やめた方がいいんじゃない』というたんだが、『いや、絶対通る、賀陽の名は全国に通っているから』と言い張るんですわ。しかし、見事に落ちましたな」
と言うのは、邦寿氏とは30年来の友人だったという吉本土地建物の吉本晴彦社長。
「東京の方に土地もかなり持っていたのに、あの選挙でかなり売ったようです。金銭感覚がまったくないんだねえ」
旧皇族の名前を利用しようとしたとしても、特に他人に迷惑をかけたわけではないが、次に邦寿氏の名前が新聞に登場したときは、もっと不名誉な形だった。
〈名誉売る民間勲位〉
と、昭和51(1976)年の読売新聞にデカデカと書かれた事件。功一等から五等までの勲位を勝手に作って、出した金額に応じてそれを差し上げましょうというインチキ商売の会長に、邦寿氏が納まっていたのだ。翌年には、それと同工異曲の経営褒華賞なるものを作り、また物議をかもしている。
名前を聞いて泣き寝入りも
そして最近では、昭和59(1984)年、伊豆のホテルの宿泊代を踏み倒して裁判に負けた事件が、新聞の記事になった。
「全国賀陽会という会が、大阪方面からバスで皇居の参拝に来るツアーがあるのですが、最初はキチンと宿泊代を払ってくれたけど、途中から全然払わなくなったんです」
というのは、被害に遭ったホテルの支配人。
「それも、うちだけじゃないんですよ。乗ってきたバスも、石和温泉や熱海のホテルも、みんな踏み倒されてるんですが、みなさん、賀陽さんの名前を聞いて泣き寝入りしたようなんです。それで、ウチだけが訴えたのですが、それが新聞記事になったら、向こうも格好悪くなったのでしょう。すぐに404万円を払ってくれたのです」
邦寿氏本人が意図的に仕掛けた悪事ではないにしても、無銭飲食の片棒をかついだことには違いない。旧皇族の名がある故に。
一発当てようとする連中に取り込まれた
「邦寿氏は若い頃から肩書きだけで生活してきた人ですからね。元皇族の顔を利用して、様々な企業や団体の顧問や理事などになり、それだけで食ってきた人なんです」
と、事情通が故人の一生を総括する。
「若い頃からそうやって生活する味を覚えてしまったことが、彼の人生を大きく狂わせてしまった原因でしょう。その後は、少しでも収入を多くしようと、なんでもかんでも引き受けるようになり、彼を利用して一発当てようとする連中に取り込まれることになってしまったのですよ」
そんな危なっかしい人生を歩んだ人の死だった。
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