新緑の季節に訪れるなら今年は「秀長の」 3位は竹田城、2位は和歌山城、1位は

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森林浴しながら萌黄に包まれた石垣を

 第5位に挙げるのは高取城だ。前述のように秀長は、大和郡山城を本拠としつつ、この高取城と宇陀松山城も重視。これら3つの城で大和を統治することとし、標高583.6メートルの山上に高取城の整備を進めた。工事は秀長の死後も関ヶ原合戦後も続けられ、険しい山上に総石垣の壮大な城郭が現出した。

岩村城(岐阜県岩村町)、備中松山城(岡山県高梁市)と並んで「日本三大山城」の1つに数えられ、そのなかでも山麓の黒門跡から390メートルという比高は断トツだ。山上には、大小の天守のほか27もの櫓、33もの門を支えていた石垣がほぼ完存する。この季節はその石垣が萌黄色の景色と絶妙に調和する。城山全体がハイキングコースで、初夏のさわやかな風を浴びながら森林浴も楽しめる。

 第4位姫路城(兵庫県姫路市)。秀長との組み合わせが意外かもしれない。たしかに、姫路城を現在のように整備したのは、関ヶ原合戦後に入城した池田輝政だ。しかし、天正8年(1580)には、黒田孝高から提供された秀吉が本拠地として大改修し、同11年(1583)に秀吉が大坂城(大阪市中央区)に移ると、今度は秀長が入城。2年後に大和郡山城に移るまで居城にしたのだ。

 じつは現在も、上山里や二の丸、三の丸北側の菱の門の東方、本丸の背後、「るの門」の周辺など、かなり広範囲にわたって、秀吉および秀長時代のものと考えられる、自然石を積んだ野面積みや、石棺や石塔などを転用した石垣が見られる。姫路城の中核は、秀吉と秀長の時代に原型が築かれたことがよくわかる。

 白漆喰の壁面と若葉のコントラストはこのうえなく美しい。4月下旬から5月にかけては、幾重にも重なる天守や櫓、門などの屋根と緑が調和し、随所にツツジなどが加わって、心地よく歩きながら絶景が楽しめる。

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