没後15年「田中好子」、親友「夏目雅子」との深い縁…共通する「女優」「略奪婚」「結婚1年後のがん発症」

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2人の縁と生涯

第1回【がん罹患を19年間公表せず…没後15年「田中好子」、27歳で死去「夏目雅子」が“無二の親友”から”義理の妹“となるまで】を読む

 2011年4月21日、キャンディーズのメンバーとしてデビューし、後に女優として活躍した田中好子が死去した。55歳の若すぎる死。1985年に急性骨髄性白血病で逝った夏目雅子とは親友の関係にあり、夏目の死後に結婚した相手は夏目の兄だった。田中の没後15年に際し、2人の縁と生涯を「週刊新潮」のバックナンバーで振り返る。

(全2回の第2回:以下「週刊新潮」2011年5月5日・12日号「『夏目雅子』と『田中好子』」を再編集しました)

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承知の上での不倫

「雅子ちゃんにお兄ちゃんがいることを知ったのは、彼女の家に遊びに行った時です」(「偲ぶ会」での挨拶)

 この時、話が盛り上がるうちに、夏目が「好子ちゃんには、うちのお兄ちゃまなんかがいいんじゃない」と発言。これでその存在を意識するようになったという。

 田中と小達氏が実際にじっくり話す機会を持ったのは、夏目の死から2年経った87年。彼が経営するかつら会社のPR誌の対談の場だった。妹を通じて、田中のことを知っていた小達氏の依頼で実現したもので、2人はすぐにうちとけた。

 なお89年公開の広島原爆を扱った映画「黒い雨」(今村昌平監督)ではヌードも見せる迫真の演技で、田中は日本アカデミー賞主演女優賞など映画賞を総なめにした。

 この映画の撮影で小道具に使うかつらが必要となり、彼女は小達氏の会社を推薦。撮影現場を小達氏が訪ねて再会し、2人は互いに強く惹かれあっていったようだ。

 夏目雅子との出会いがキッカケで、小達氏との愛に突き進んでいった田中。しかし、彼には妻子があり、それを承知の上での不倫だった。その様はまるで、夏目雅子の、愛する男性に対する熱い情熱が乗り移ったかのようでもあった。

マスコミが追った三角関係

 かように田中に強い影響を与えたと思われる夏目雅子。その彼女が作家の伊集院静氏と出会ったのは、1977年のパリだった。当時、広告制作会社のディレクターを務めていた伊集院氏が手がける化粧品会社のCMに夏目がモデルとして抜擢されたことがキッカケである。

 当時、伊集院氏は妻子ある身だった。一方、無名だった夏目雅子はその後、凄まじい勢いでスターダムにのし上がっていく。

 そんな2人が再会するのは、CM撮影から1年後。東京や横浜などで食事をする仲になる。それがマスコミに発覚したのが82年秋のことだ。これが原因で伊集院氏は会社を退職。妻とも離婚する。

 しかし、当代きってのモテ男と呼ばれる伊集院氏にはもう1人、別の女優との交際も噂されていた。メディアはこの三角関係を懸命に追った。それでも夏目は一途に伊集院氏のことを思い続け、苦しい愛にのめり込んでいったのである。

 そして、2人は1984年、ついに結婚を果たした。しかし、その幸せも永くは続かなかったことはご存じの通りだ。喜びの絶頂にいた翌年、血液のがんである急性骨髄性白血病が彼女の命を奪ったのである。27歳の若さだった。

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