「福島瑞穂」栄えて「社民党」滅ぶ 党首16年で議席は8割減 それでも自身は「当選安全圏」参院比例で出馬を重ね

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当選する自信がないから…

 福島党首は1998年の参院選で初当選し、現在、連続5期28年。民主党や国民新党と連立を組んだ2009~2010年には大臣も務めている。知名度は圧倒的で、党首を歴任するのも当然との見方もあるが、これについては“からくり”がある。福島党首は初出馬以来、参院比例区での出馬を続けているのだ。そもそも、党首を務めるのであれば、首班指名に出る可能性もあることから、「憲政の常道」の観点から見れば、衆議院から出馬するのが筋。また、参院選挙は選挙区と比例区から成るが、党勢から見れば、社民党は選挙区での当選は難しい。一方で、比例区では、減退著しいとは言え、固い組織票がまだ残るため、1議席は獲得が可能。福島党首は抜群の知名度を誇るため、参院比例区であれば、毎回の当選が可能になってくるわけだ。

 しかし、このポジションを福島党首が“独占”し続けることに関しては、常々内部から批判の声が上がっており、「週刊新潮」ではそうした声を度々伝えてきた。

 例えば、2009年11月5日号で同党議員のさる秘書がこう述べている。

「福島さんに対しては、党内にも党首をやる以上、参院なら選挙区、もしくは衆院に鞍替えして勝負すべきという意見があります。しかし、彼女は当選する自信がないから、そういう提案は受け付けません」

 2012年11月には、阿部知子代議士が福島氏との確執もあって離党した。その2年前、辻元清美代議士も福島氏との確執を一因に党を離れているが、それに続いての離党である。その際、阿部氏は取材にこう述べている。

「私は1998年、土井たか子さんに頼まれて参院選に立候補した。同時期に福島さんは『全国比例の1位でなければ出ない』と言って当選した。この時から、彼女とは考え方が違うと痛感していました。以来、彼女は自らの選挙は参院の比例だけで、衆院選に出ていない。が、それでは国民の声が届かないと思います」(「週刊新潮」2012年11月29日号)

利己的なふるまい

 2016年の参院選では、比例代表に福島氏と吉田忠智党首(当時)が立候補。その折の社民党の党勢では、比例区で獲得できそうな議席は「1」。このままでは、現職党首が落選してしまう恐れがあるため、吉田党首サイドは福島氏に選挙区への転出を打診していたという。

「週刊新潮」2015年8月13・20日合併号では、社民党関係者がこう述べている。

「党首が落選なんて前代未聞の事態です。それだけは何とか避けねばならない。そこで、彼女に自ら県連代表を務めている神奈川選挙区から出てもらってはどうか、との意見が出された。ところが、福島さんはこれを頑なに拒否。結局、2人が比例代表で出ることになってしまったのです」

「彼女は約10年、党首を務めたが、党内には『やはり党首たるもの衆院選の小選挙区で勝負すべきだ』との声があった。実際、何度か彼女に打診もしました。しかし、“衆院議員になると、地元に縛られて議会活動が疎かになる”とか理由を付けて、拒否し続けたのです。まあ、本音は衆院選で勝つ自信がないだけでしょうがね」

「参院神奈川選挙区の改選数は4ですが、野党の間でよほどの選挙協力がないと当選は無理です。吉田さんは参院一期目。彼女にすれば、自分の方が政治家として格上と思っているでしょうからね。自分が再選するには、党首が落選しようが関係ないということかもしれません」

 利己的なふるまいに映るが、それを貫き通した結果、やはり2016年参院選では、福島氏が当選、吉田氏が落選の憂き目を見たのである。

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