贋作疑惑、返還訴訟…ゴッホ「ひまわり」日本企業の“53億円落札”から39年 その後も騒動の「主役」であり続ける“名画の宿命”
落札後の猛批判
「落札者は安田火災」の文字が新聞各紙を飾ったのは落札から10日後、4月9日のことだった。購入の理由は創業100周年記念事業。前身企業の創業日(1888年10月)と「ひまわり」の完成日(1889年1月)が近いことから白羽の矢を立てたという。
そこで発生した新たな騒ぎは国内外からの猛批判だった。たとえば、英経済紙「フィナンシャル・タイムズ」はこの調子。
〈「安田の美術界への突然の進出について、ある東京のディーラーは『美術における“グッチ症候群”だ』とこぼした。『日本人はブランドが好きだ。ゴッホも一流品だからね』」〉(1987年4月23日号)
そして、国内大手損保の幹部たちも。
〈「金融市場は金余りで、日本の金融機関は海外資産、たとえばアメリカのマンハッタンのビルなどをどんどん買い漁っていて、それに対する国際批判がある。そういう時期に53億円の絵を買ったりすれば、批判を更に高めてしまう」〉(同)
「その金を顧客に還元すべき」といった意見もあったが、安田火災側は「できるだけ多くの方に社会還元したい」とその意図を説明した。当時の広報室の話。
〈「今期でおそらく1兆7、8000億円になる総資産は、1世紀にわたるお客様のおかげですから、それを還元する手段として絵を考えたのです。所有者は安田火災ではありますが、自分たちのものという感覚ではないんですよ」〉(同)
度重なる贋作騒動
買い手判明から3カ月半後の7月20日、「ひまわり」は日本に降り立った。東郷青児美術館(現在のSOMPO美術館)で一般公開され、1990年9月には「花の万博」(大阪)で9日間限定展示されている。
海の向こうからはゴッホの贋作に関するニュースがいくつか届いた。それが「ひまわり」に及んだのは1997年のこと。騒動に火をつけたイタリアの美術専門紙によれば、現存するゴッホ作品のうち少なくとも45点は贋作であり、それに「ひまわり」が含まれているという。無論、安田火災は一切取り合わなかった。当時の文化事業室長の話。
〈「この絵は世界的に有名なゴッホ全集の監修者が本物だと認めているし、先だって来日したゴッホ美術館(オランダ・アムステルダム)のディルボルフ主任学芸員も真作だと明言している。にもかかわらず、アマチュア研究家やジャーナリストの意見がニュースになっているのです」〉(1997年11月13日号)
この時に同社の会長だった後藤康男氏は、1987年に社長として「ひまわり」の購入を決めた人物である。その後藤氏の話。
〈「贋作騒ぎは名画に限って必ずといって良いほど付いてまわる。もし贋作だったら(クリスティーズに)補償してもらうなんて考えたこともありませんよ。『ひまわり』は会社にとって幸運の絵です。だからどんな事があっても手放すことはないね」〉(同)
贋作疑惑が流れた背景には、ジャパンマネーで日本に集まった名画を安く買い戻したいという意向や、評論家などの売名行為があるともいわれた。
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