くふうハヤテの投手から医師に転身…リアルドクターK「竹内奎人」が「佐藤輝明」「柳田悠岐」との対戦で思い知らされた「軽自動車とスポーツカーくらいの差」

スポーツ 野球

  • ブックマーク

開幕戦のマウンドで知った国家試験合格

「どのように野球への情熱を傾けるべきか」を真剣に考えていた竹内氏の下に、渡りに船の好機が訪れる。新球団のくふうハヤテベンチャーズ静岡(当時)が地元の静岡県に誕生し、翌年からファームリーグへの加入が決まった。竹内氏は、大学の勉強を続けながらトライアウトに臨んで入団を決めると、翌年の春には国家試験にも合格。医師になる道が拓かれたことを知ったのは、開幕戦のマウンドだった。

「ハヤテで過ごした2年間は、じっくり野球に打ち込めた大切な時間でした」

 初年度は27試合に登板し0勝6敗、防御率6.09と「努力では埋められない差」を感じずにはいられなかったそうだが、31試合に登板した2025年は3勝2敗、防御率3.23と成績が向上。主にリリーフとしてチームを支えた。

「二軍戦でも、戦線復帰を目指して調整を続ける佐藤輝明選手(阪神)や柳田悠岐選手(ソフトバンク)と対戦する機会がありました。勝負できる部分がある一方で、フィジカルの強さなどは努力では到底埋められないような差を感じました。それを“センス”や“才能”と呼ぶのかどうかはわかりませんが、スポーツカーと軽自動車くらいの違いがあるからこそ皆さんが一軍で活躍し、日本球界を牽引する存在になれているんだろうなと思いましたね」

信念を持って限界までやってほしい

 2025年9月に引退を発表し、ユニフォームに別れを告げた竹内氏は、4月から静岡市内の総合病院で白衣を着ての新生活をスタートさせた。

「僕のように野球を理由にブランクがあるケースはとても稀で、おそらく最初は苦労するだろうと思いますが、2年の初期臨床研修(研修医)を終えた後は、これまでの人生で身近だった整形外科医を目指して頑張っていきたい。病院だけではなく、チームに帯同するスポーツドクターなどもあるとお聞きしたので、医師という職業を通じてさまざまな形でスポーツ界の発展に貢献できたらなという思いです」

 スポーツを続けながら進学を目指す後輩たちに「僕よりも球速やコントロールに優れた選手をたくさん見てきましたが、やろうと思えば絶対にできると思うので、スポーツも勉強も信念を持って、限界が来るまでやってみてほしい」とエールを送る26歳は、思い描いた夢に向けてここから先も歩み続ける。

第1回【「U-15日本代表」「センバツ出場」の高校球児が“医学部に現役合格”できた理由 高校に入学した直後のテストでは「数学の順位がクラスの下から2番目で……」】では、高校球児として活躍し、さらに医学部受験に成功、今後は医師としての活躍が期待される異色の経歴を持つ竹内氏に、どのような少年時代を過ごしたのか、また名門高校に入ってからの苦労などについて伺っています。

ライター・白鳥純一

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 3 次へ

[3/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。