「U-15日本代表」「センバツ出場」の高校球児が“医学部に現役合格”できた理由 高校に入学した直後のテストでは「数学の順位がクラスの下から2番目で……」
センバツ甲子園の大会期間中も参考書を開いていた
中学時代は「塾に通わずとも、定期テストの成績はだいたい学年1位だった」と話す竹内氏だが、偏差値70(みんなの高校情報調べ)を誇る県内屈指の難関高に進学すると、現実を思い知らされる。
「入学後の最初のテストで、数学の順位がクラスの下から2番目で。優秀な同級生ばかりが揃う環境で、『野球ばかりしているとそうなるよな……』と気付かされて。特に数学や物理は苦手でしたが、それでも何とか頑張って周囲に追いついていこうと、空いた時間を見つけて、勉強に取り組むように心がけていました」
当時の昔ながらの上下関係が残る寮生活では、勉強に取り組める環境も限られており、新入生の頃は人影に怯えながら食堂の隅っこで参考書を開くことも珍しくなかった。だが、そのような厳しい制約の中でも竹内氏は毎日勉強を続けた。春の選抜高校野球大会(センバツ)出場(2017年春、当時高校2年)を果たした際もその習慣は変わることなく、多忙なスケジュールの合間には、宿舎のロビーで参考書を開きながら過ごしていたという。
エースの座を奪われるも「悔しさや妬みはほとんどなかった」
一方で竹内氏の高校時代は、投手としても飛躍を遂げる3年間となった。
「初めてキャッチボールをした時に、良いボールを体現したかのような素晴らしいボールを投げる姿を鮮明に覚えていて、『敵わないな』と感じずにいられなかった」と当時の印象を語る池谷蒼大投手(元横浜DeNA、現、ハヤテベンチャーズ静岡)の負傷もあって、1年生の秋に公式戦デビューを果たした竹内投手は、2年目にはエースナンバーを背負うまでに成長。2年生の秋以降は池谷投手にエースの座を譲ったものの、竹内投手も安定した制球力を武器に存在感を示した。
実力を開花させた池谷投手の躍進もあり、順調に東海大会を勝ち進んだチームは、翌2017年春のセンバツ甲子園出場権を獲得。
「池谷の実力をわかっていたので、ポジションを奪われた悔しさや妬みはほとんどなく、納得している部分が大きかったように思います」と話す竹内氏も、主戦投手としてマウンドに上がってチームを盛り立てた。
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