20年ぶり続編「プラダを着た悪魔」はなぜ愛される? 強烈すぎる“パワハラ”描写でも「ローマの休日」に並ぶ名作になったワケ
こじゃれたビジネス教科書
『プラダ~』は社会人として仕事をする人全員に向けた「仕事とモチベーション」を学ぶことができる作品ということが、傑作たるゆえんだろう。
その象徴として、アン・ハサウェイが演じたアンディと彼女のメンターとなるナイジェル(スタンリー・トゥッチ)の1シーンが挙げられる。
メリル・ストリープ演じるミランダの仕事についていけず、慰めの言葉をかけられたいアンディに対して「ミランダは仕事をしているだけだ。甘ったれるな」とナイジェルは喝を入れ、そこからアンディはミランダのアシスタントとしての仕事がどういうことなのかを理解する。
部下に対してはパワハラ上等なミランダの仕事の仕方はさておき、たしかに彼女は仕事をしているだけ。審美眼を持った彼女が、世界のファッション業界を牛耳り、彼女にしかできない仕事を全うしている。編集会議のシーンでも「流行なので花柄を」という編集者に対し「花柄? 春の号に? 斬新だこと」とぶった切る(ちなみにモード誌をはじめとするメディアは「今」を切り取るのではなく、次のシーズンの流れを見越した編集をするのが主たる仕事)。
この仕事に専念してもらうために、アンディを含めたアシスタントを雇っているのだから。しかも、この仕事を一人前にできるようになれば、他のどんなメディアにも転職し成功もできる、という、夢の仕事でもある。その本質も映画で語られているという親切設計。
パリのラストシーンでミランダのセリフで語られる通り、「周囲が求めていることを理解して動ける人間」が仕事の本質だ。
犬の散歩や買い物代行などのミランダの私生活のサポートまでやらせるのは人使いが荒すぎで、パワハラになっていると今では断言できる。とはいえ、ファッションメディアに限らず、どんな職種であっても、“人が求めていることを考えて行動する”という姿勢は共通するのではないだろうか。
今見ても最高!の前作
06年の『プラダ~』が、時を経ても色褪せないのは、仕事と社会人としてモチベーションをどこに持つか、という普遍性をといた作品だから。
色褪せた……というか「今、これはないでしょ」というのは、せいぜい登場キャラ全員が持っている携帯電話くらいだ。
むしろ仕事のあり方や職種が当時よりも多様化した今のほうが、このテーマは映画とは別のところで語られる機会が増えているのではないだろうか。だからこそ、続編となる『プラダを着た悪魔2』が、同じキャスト、同じ役柄で、20年の時を経た舞台設定にしていることに期待が高まっているといえるだろう。
そんな『プラダを着た悪魔2』は、NY時間20日にワールドプレミアが行われ、5月1日に全世界同時公開を迎える。
SNSをはじめとするメディアの変容、そしてそれに伴って変わったファッション業界の変化によって、ランウェイ誌、そしてミランダの立ち位置は急変。そこに報道の世界で夢を叶えたアンディが助け舟として帰ってくる。鍵となるのは媒体の広告主であるハイブランドを有するファッション企業だ。そこには、かつてアンディと共に働いたエミリーが……というストーリー。彼らが20年を経て再集結するだけの物語と理由は明確。2020年代にアップデートされた「お仕事映画のマスターピース」となるか、スクリーンで確認していただきたい。
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