「当時は“ラムちゃん”のコスプレが大騒動に…」 “コミケ初(?)のコスプレイヤー”が明かす「社会人の常識はすべてコミケで学びました」

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 日本最大の同人誌即売会「コミックマーケット(以下、コミケ)」の黎明期に、おそらく、会場で初めてコスプレを行ったと思われる女性がいる。デジタルハリウッド大学教授で、日本アニメフィルム文化連盟(NAFCA)の代表理事を務める福井智子氏である。

 福井氏は、初めて参加したコミケで、タツノコプロ(以下、タツノコ)のアニメ「科学忍者隊ガッチャマン2」のゲルサドラの衣装を成り行きで着用したのだった。【取材・文=山内貴範】(全2回のうち第2回)

コミケスタッフの間では、ちょっとした有名人に

――福井さん自身は、その後もコスプレをする機会はあったのでしょうか。

福井:何度かありましたよ。周りから頼まれて、「機動戦士ガンダム」のシャアの衣装を着たこともありました。衣装は私が製作したわけではなく、声をかけてくれた方が準備をしてくれましたね。

 当時のコミケのスタッフの間では、割と私の存在が知られていたようです。あるとき、私は一般参加で同人誌を買うため、開場前に列に並んでいました。すると、スタッフの人が「あれ、福井さん、なんでここにいるんですか」「こっちに来てくださいよ」と声をかけてくれて、開場前に“顔パス”で入ったこともありましたよ。

――有名人ですね。

福井:今だと考えられないでしょうが、当時のコミケはかなり大らかだったと思います。大規模な会場を使うようになる前でしたから。

 あと、コスプレをしていると、参加者の方が同人誌をプレゼントしてくれたこともありました。結構、よく受け取っていた記憶があります。もしかすると、コスプレイヤーとして名前が知られていたのかもしれませんが、私はあまり実感がありませんでしたね。

タツノコにコネなしで入社

――福井さんはその後、なんとタツノコでアニメーターとして活躍します。コスプレが縁で、入社することになったのでしょうか。

福井:私がやったゲルサドラのコスプレは、タツノコの吉田綾子さん(注:タツノコ創業者の吉田竜夫氏の妻)にも認めていただき、ヒーローショーに出演するようになり、アルバイトでしたが日給5000円もいただいていました。

 私はその後にタツノコにアニメーターとして入るのですが、絶対にコネは使いたくないと思いました。そこで、高校3年生のとき、アニメーターを養成する「タツノコアニメ技術研究所」に電話をかけて、正規のルートで入りました。その後、課題をやり続けて認められ、プロのアニメーターになったのです。

 ある日のこと。作画机に座っているときに、吉田綾子さんが回ってきたのですが、「あっ!」と私に気づいたんですよ。「あなたここにいたの」と言われたので、「お久しぶりです」と挨拶しました。「私に言ってくれれば良かった(入社させた)のに!」と言われましたね。

――コネを使わなかったことに、福井さんの強い意志を感じます。

福井:コネって責任が伴うじゃないですか。実力で入ったかどうかはわからないし、口を利いてもらったらおしまいですからね。当時のアニメ会社はまだまだ男性社会で、女性は少なかった。そんななかに自力で入り、アニメーターになったことは、今でも私の大きな財産になっています。

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