セクシー女優にして国会議員「チチョリーナ」が再評価される理由 サダム・フセインに平和と引き換えで“自身との行為”を提案したことも
レーニン像の前で胸をポロリ
芸能活動中も政治的なメッセージを発信していた彼女は、1979年に「緑の党」から出馬するが落選。80年代に入るとハードなセクシー映画に出演する一方、1985年には「急進党」に参加し、自由主義や核エネルギー反対、NATO離脱、人権擁護などを主張した。
性と愛。文字通り“性愛”を武器にした選挙活動が奏功し、1987年6月には下院議員選に当選。この年は回想録の出版やポルトガル議会での胸の露出などでも物議を醸した。
「イタリアの議場ではさすがにスーツ姿でしたが、頭に花の冠が載っていたこともありました。白のワンピース姿でハイヒールを脱いだ様子なども写真で残っています。議員として訴えたのは、性の表現の自由や性労働者の権利保護。湾岸戦争の勃発前には、イラクの指導者サダム・フセインに、平和と引き換えに自身との性的な行為を申し出たこともありました」
ベルリンの壁崩壊の数カ月前には、「自由と民主主義の全世界拡大」を党是に掲げる「急進党」の党大会のため、民主化運動が佳境に入っていた祖国・ハンガリーを訪問。レーニン像の前で胸を見せた。
世界的芸術家との愛と憎しみ
「議員時代もセクシー女優として活動していましたが、世間を驚かせたのは何と言っても米国の芸術家、ジェフ・クーンズとの関係でしょう。クーンズは世間を驚かせるスキャンダラスなコンテンポラリー・アートで知られていましたが、当時の彼女にインスパイアされ、さらに過激な作品を共同制作したのです」
その作品とは、1990年にベネチア・ビエンナーレで初展示された「メイド・イン・ヘブン」シリーズ。ガラスや大理石の彫刻、彩色彫刻、シルクスクリーンなどで構成されたシリーズは、2人の性的な行為を描いたものだった。同年夏に日本でも展示された際は、2人で来日している。クーンズは彼女をこう絶賛していた。
〈「彼女は世間的な羞恥心や道徳心といったものを乗り越えて人前に局部を晒す。これは常に既存の芸術を乗り越え、新しい世界を生み出そうとするアーティストの精神と同じだ」〉(「FOCUS」1990年8月10日号)
作品制作を通じて関係を深めた2人は1991年に結婚。その翌年に息子が生まれたものの夫婦関係は破綻し、1993年から激しい法廷闘争が始まった。一方、議員生活は1992年の任期満了に伴い終了。再選できなかったが政治活動は継続し、2002年にはハンガリー議会選への立候補を模索したこともある。
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