「ぼくは妻に出会うために生まれてきた」 横尾忠則が信じる夫婦の“必然”

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 私達夫婦はお互いに90代に入ろうとしています。結婚して70年近くになります。そこで驚くのは結婚生活が70年であるということです。独身時代が20年です。そしてこの先きの時間を考えると実に心細い限りです。しかし逆に過ぎた過去は今、振り返るとアッという間の短い時間でした。だけどその短い時間は実に凝縮された時間でもありました。あんなこと、こんなこと、そんなことが文字通り走馬燈のように走り抜けていきます。

 そして、自分は一体何のために生まれてきたのかと考える時、実は夫婦として二人がこの世で出合うためであったのではないかと思うのです。結婚を起点にして、僕はデザインを20年余り、その後、画家に転向して絵を40年以上続けてきました。そして70年という長いような、短いような生活の大半の時間は夫婦として共にありました。

 僕の人生の目的は一体何であったのだろうか、家族を養うため? それとも絵を描くため? 多分その両方であったと思います。そして妻は僕と並走しながら、家庭を切り回し、子供二人を育てながら、僕をサポートしてくれました。いわゆる内助の功です。僕が常に健康で快適に絵が描けるための生活上の様々な援助です。

 創作は家庭生活と分離しては成立しません。生活と創作は不離一体の関係でバランスが取れていないと瞬時に崩れ去ってしまいます。その弥次郎兵衛的役割をコントロールするのは、実は配偶者である妻です。そういう意味で僕は20歳そこそこでまだ大人になり切っていない“未熟な人間”として結婚してしまいました。

 それにしても配偶者は誰であってもいいものでしょうか。僕は、夫婦はある必然性によって結合させられているように思います。偶然と言えば偶然ですが、長い結婚生活の経験の過程でしばしば気づくことは、単なる偶然ではなく宿命によって出合わされた関係であると思うのです。僕の人生はほぼ受動的で、向こうからやってきた運命に常に従がってきました。僕が求めて僕の思うように人生を計画したのではなく、すでに宿命という生まれながらに定められた遺伝子のエネルギーによって、ここに夫婦が成立したように思えてなりません。言ってみれば「この人でなければならなかった」のです。それは妻も同様で、夫は「この僕でなければならなかった」はずです。

 僕に言わせれば、偶然ではなく必然。こうならざるを得なかったのです。皆様は如何がですか? つまり生まれる前から決められていたということです。離婚する人の場合も、離婚を前提として生まれてきたのです。その人達にとっては離婚が必要だったのでしょう。

 早い時期にどちらかの配偶者が先きに逝く場合があります。僕達の夫婦は、年齢的にどちらが先きに逝っても不思議ではないと思っています。いずれにしても二人の死亡時期はそんなに変らないと思います。二人共ほぼ同時期に生まれています。だから死ぬのも同時期に近いのではないかと僕は予感しています。

 もう90代目前になると自然に体力は落ち、身体のあちこちが不自由になって、ついこの間まではあんなに元気だったのに、どうしてこんなに不自由になってしまったのかと、自分でも驚いています。去年の今頃は大きい絵を描いていたのに、今は絵のサイズが小さくなってしまいました。立って絵を描いていたのが今では腰を掛けて描いています。言葉もどんどん忘れてしまって、このエッセイだっていつまで書けるのかが心配です。書けなくなってしまうかも知れません。また文章も、まるで「綴り方の練習」のような幼稚なものになってきているのが、自分でもわかります。

 さて、夫婦のことに話を戻します。僕は子供の頃から両親に我がままに育てられました。何をしても親から叱られた記憶は全くありません。そんな先天的とも言えるような我がままな性格をそのまま家庭生活の現場に持ち込んでしまったように思います。この性格は絵を描くためには理想的です。絵は我がままでなければ描けないからです。

 創作と一体化するはずの生活でもそのまま我がままを通しています。この生活と創造のルールを妻はどう理解しているのでしょうか。恐らく理解はできていないはずです。諦めることで僕に対応していると思います。創造は一種の破壊です。創造するためには何かをぶち壊さなければ成立しないのですが、このルールをそのまま生活の中に持ち込んでいるように思います。もし僕が画家でなければ、妻にとってはいい夫かも知れません。彼女は僕という人格と同時に創造という得体の知れない抽象概念と結婚しているのです。

 そういう意味では創作者の伴侶は皆んな似たりよったりの苦労をしておられるのかも知れません。それは創作者の離婚率を考えてもわかります。では、創作者の妻という存在の幸福とは一体何んなんでしょう。もしかしたら夫と結婚したのではなく、夫の芸術と結婚してその芸術への愛が夫への気持と同化しているのかも知れません。

横尾忠則(よこお・ただのり)
1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。第27回高松宮殿下記念世界文化賞。東京都名誉都民顕彰。日本芸術院会員。文化功労者。

週刊新潮 2026年4月16日号掲載

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