美智子さまの嫁入りは「さんざんご辞退申し上げたんですが…」 「上皇后陛下」実父が語っていた「世紀のご成婚」への“本音” 「最後は当人同士が電話で話して…」 【結婚の儀から67年】

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遠慮する母

 そういえば――こういう話がある。語るのは、あるベテランの皇室記者氏だ。

「美智子妃の妹の恵美子さんがまだ学生でいらしたころのことですがね。繊維関係の業界誌に、恵美子さんの名前である投書が載ったことがある。実は、その投書は誰かが恵美子さんの名前を騙って出したものだったんですが、これを一番先に問題にしたのが宮内庁だったといわれているんです」

 浜尾氏は、

「宮内庁の干渉の仕方は、決して直接話法ではやらない。やるなとかやりすぎだとはいわないのです。私も、浩宮さまに関するマスコミとの応対について、当時、同じ経験をさせられましてね。間接話法でジワジワやられた。あのやり方に正田家の方方が付き合わされていると思うと、お気の毒さは言いようがありません」

 富美子夫人(=美智子さまの母)が、神経性の慢性胃炎に悩んでいるのも、無理からぬというわけなのである。

「正田夫妻は、東宮のお孫さまたちをしみじみとお抱きになったことが一度もないのではないか。御所に来られるのも、皆様のお誕生日とお正月だけ。あとは富美子夫人が時折、電話をかけてこられるぐらいのものですものねえ。それほど遠慮されているんですよ」(浜尾氏)

一番心配したことは

 さて、当の正田家は何というか。そろそろ、(美智子さまの父である)英三郎氏(79=当時)にご登場願わねばなるまい。

 建築後50年たつという東京・池田山の正田邸には、冷房の設備がない。謹直な背広にネクタイ姿の英三郎氏は、ウチワでわずかな涼を取りながら、あくまでもニコヤカに語る。

「美智子が嫁いで、23年ですか。もうそんなになりますかねえ。あれ以来、正田家がどう変わったか。変わったところがないといえば嘘でしょうね。現象的に変わったのは、いうまでもなく、正月や両陛下のお誕生日に宮中へお招きを受けるようになったこと。それと、外国の大使館とのお付き合いね。大使主催のパーティーなどによく呼ばれるんですよ。お返しというのではないが、こちらも逆にお呼びしたり……」

 英三郎氏は、慎重に言葉を選び、グチめいた言葉は決して口にしない。宮内庁についても、

「長官をはじめ、いい方が側近におられるし、安心しているんですよ。美智子がヤセてるヤセてると、世間でよくいわれるんですが、日本人は人の体のことを気にし過ぎるのね」

 そういいながら、英三郎氏は、こんな打ち明け話をする。

「この23年間で、いちばん心配したのは、浩宮様(現・天皇陛下)が生まれたあと、美智子の具合が悪い時がありましたよね。あの時は、私も葉山に行き、リラックスさせるために一緒に絵をかいたりしました。家内も毎日付き添うわけにいかんし、ああいう時は心配で辛いところがありました」

 昭和38年、美智子妃が妊娠の不調で、葉山で長期療養され、巷間、ノイローゼではないかと噂された時期の話である……。

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