【風、薫る】見上愛演じる一ノ瀬りんのモデルが離婚を決断 “超・年の差婚”夫の鬼畜の所業
不釣り合いな結婚
見上愛が演じる一ノ瀬りんは祝言を挙げたが、朝の時間帯に視聴するにはストレスがたまるほど、夫からぞんざいなあつかいを受ける。1年後、子どもが生まれたが、夫の奥田亀吉(三浦貴大)は、「はぁ、女け」と言い捨て、りんが「この子の名前はどうしましょう?」と聞いても、「おめえの好きにすればいいべえ」といって、立ち去ってしまう。NHK連続テレビ小説『風、薫る』の第2週「灯(ともしび)の道」(4月6日~10日放送)。
【写真】朝ドラ劇中とはイメージが激変 一ノ瀬りんを演じる見上愛
前の週(第1週「翼と刀」)に縁談が持ち込まれたとき、りんの母の美津(水野美紀)は不釣り合いだと憤慨した。というのも、栃木県の那須の農村で、一家で農作業をして暮らしていたりんだが、父の信右衛門(北村一輝)は、明治維新の直前まで那須の小藩の家老だったのだ。
だが、明治15年(1882)、信右衛門はコレラに罹患して命を落としてしまう。その後は美津とりんと妹の安(早坂美海)の3人で農業を続けていたが、どうにも生活は苦しい。
そんなところに舞い込んだのが、奥田亀吉との縁談だったが、なにしろ、りんはまだ18歳なのに相手は18歳年上の30代後半で、すでに前妻とのあいだに、りんと同い年の息子がいるという。運送業が栄えて羽振りはいいが、もともとは飛脚の出身。飛脚の後妻に家老の娘では、明治維新からまだ15年しか経っていない時期に、母の美津が不釣り合いだと思うのも致し方ないだろう。
しかし、りんは自分で嫁ぐと決めた。まともに生きていく道はそれしかないと覚悟を決めたのだろう。美津に「どうせなら母に負けぬほど幸せになりなさい。嫁入りはおなごの戦なのですよ」といわれ、「はい、奥様になってとびっきりの上りにしてみせます」と答えたのだが……。
不釣り合いを受け入れるしかなかった士族
前作『ばけばけ』の松野トキ(髙石あかり)もそうだったが、江戸時代までの武士は多くの場合、明治維新後にかなりの苦労を強いられた。というのも、武士は原則として実業に携わっていなかったからだ。職業経験がなく、その訓練を受けたこともないまま放り出されたのだから、大変な苦労が待ち受けていた。
江戸時代、武士の収入は主君に奉公する見返りとして受け取る「家禄」だった。ただ、明治2年(1869)の版籍奉還(全国の大名が所有していた版=土地と籍=人民を朝廷に返させた政策)の後、武士が士族になっても、彼らはしばらくのあいだ、減額されたとはいえ家禄もしくはそれに代わるものを受けとった。
版籍奉還では、明治政府は各知藩事(旧藩主)に命じ、家禄を藩の収入の1割とさせるリストラを断行。そのうえで同4年(1871)の廃藩置県で、家禄は明治政府が直接支給する秩禄(家禄に維新功労者への賞典禄を合わせてそう呼んだ)に切り替えられた。しかし、秩禄の支給が国家財政の重荷になったので、政府はまず、希望する士族に6年分の家禄を支払って起業資金にさせる「家禄奉還」を行い、同9年(1876)、「秩禄処分」を断行。士族らに5~14年分の家禄に相当する金禄公債証書を発行する代わりに、家禄は全廃された。
それに当たり、政府は士族に就業を促したが、彼らは元来、礼節や武芸しか知らない。いきなり実業に携わっても、うまくやるのは至難の業だった。結果として、江戸時代の飛脚が運送業で財をなす一方、家老の家は農作業しかできず、当主が没してしまえばさらに没落する、という状況につながった。暮らしていくためには、「不釣り合い」を甘んじて受け入れるしかない現実があったのである。
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