森田剛主演の舞台「砂の女」に大行列…映画版で“岸田今日子”が演じた「女」役に、いま最注目の舞踏家「藤間爽子」はどう対峙したか
安部公房(1924~93)の名作小説『砂の女』が、舞台劇となって上演されている。いま、村上春樹や吉本ばなななど、世界中で日本文学が読まれているが、まさにそれらの先鋒となった日本を代表する“世界文学”だ。しかも連日、当日券を求める観客が早くから列を成す人気ぶりである。舞台「砂の女」は、なぜ、こんなに人気があるのだろうか。そもそも『砂の女』とは、どういう小説なのだろうか。
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〈純文学書下ろし特別作品〉とは
『砂の女』は、1962(昭和37)年、新潮社の〈純文学書下ろし特別作品〉シリーズの第三弾として刊行された。ちなみに第一弾が、石川達三『充たされた生活』、第二弾が庄野潤三『浮き灯台』である(ともに1961年刊)。
このシリーズは、雑誌連載ではなく、じっくりと時間をかけて書かれた長編純文学を「書下ろし」で刊行する、画期的な企画であった。作家がこの仕事に専念できるよう、初版の最低保証部数を純文学では異例の「1万部」とし、増刷時の印税も部数に応じたスライド制にした。
このシリーズを企画したのは、のちに「新潮」編集長となる、谷田昌平さん(1923~2007)。ほかにも、大江健三郎『個人的な体験』(1964年)、遠藤周作『沈黙』(1966年)といった、文学史にのこる名作が次々と生まれた。村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(1985年)も、このシリーズの一点である。
なかでも、有吉佐和子『恍惚の人』(1972年)は、現在の認知症や老人介護問題を先取りした小説で、この年だけで200万部近くが売れる社会現象となった。たまたまこの直後、新潮社は別館を新築したため、いかにも『恍惚の人』の利益で建てたように思われ、建物は「恍惚ビル」と呼ばれることとなった。
また、当初このシリーズは、なかなか文庫化されないことでも有名だった。作家の収入を安定させるためにも、安価な文庫化を急がず、単行本のまま長く売るスタイルを保ったのだ(現在、文庫化は単行本初刊から3年後が通常)。たとえば1962年刊『砂の女』が新潮文庫に入ったのは、なんと1981年である。
そんな小説『砂の女』だが、あまりに有名なので、未読でも、あらすじをご存じの方が多いのではないか。冒頭は、
〈八月のある日、男が一人、行方不明になった。休暇を利用して、汽車で半日ばかりの海岸に出かけたきり、消息をたってしまったのだ。捜索願も、新聞広告も、すべて無駄におわった。〉
との、素っ気ない文章ではじまる。以下、ベテラン文芸編集者の話。
「この男が、なぜ失踪したのかを回想する、サスペンス・タッチに満ちた小説です。具体的な地名は登場しない一方、カタカナことばや、〈!〉〈?〉といった符類、三点リーダー〈……〉、カギカッコの会話文がふんだんに出てきて、終戦後17年目に書かれたとは思えない、いま読んでも生々しい、現代的な小説です」
砂穴の底に閉じ込められた男
海岸の砂丘地帯の村に昆虫採集に来た〈男〉は、村人の勧めで、砂穴の底にある〈女〉(寡婦)の家に“民泊”させてもらうことになる。
「ところが、村人は、縄梯子を外し、〈男〉は砂穴の底の家に軟禁されてしまうのです。家の中は砂だらけで、一日中、砂かきをしなければならない。いったいなぜ、こんな目にあうのか理由もわからず、〈女〉はそれが当然のことのようにふるまいます。まさに“不条理”の極みで、〈男〉は必死に脱出を試みるものの、うまくいかず、やがて〈女〉となじむようになり……。結末が“文章”ではない点も、当時、驚きをもって読まれたといわれています。刊行後、世界20言語以上に翻訳され、安部公房は“日本のカフカ”とも称されました」
それにしても、この小説世界は、なにをあらわしているのだろうか。初刊以来、無数の解釈や解説が登場した。いまでも大学で文学を専攻する学生が、卒論などの研究テーマに取り上げることが多い作品である。
「ジャーナリスティックな解釈も多く出ました。囚われた〈男〉が、〈女〉と親しくなっていく過程は、誘拐・監禁された被害者が犯人に好意を抱く“ストックホルム症候群”の先取りだとの解釈もありました。また、後年明らかになる、北朝鮮による日本人拉致事件を予言していた、なんていう解説を読んだ記憶もあります」
さらにこの作品を有名にしたのは、1964年公開の映画版だった。監督は草月流家元の勅使河原宏。主役の男女は、岡田英次と岸田今日子である。
「モノクロですが、実にモダンな画面の映画で、原作同様、1964年の映画とは思えません。2026年の新作だといっても通用するでしょう。文字だけではわかりにくかった砂底の家が具体的に描かれ、岸田今日子が、無機質にして妖艶な〈女〉を見事に演じました。キネ旬第1位など映画賞を総なめにしたほか、カンヌ映画祭では審査員特別賞を受賞。米アカデミー賞でも監督賞や外国語映画賞にノミネートされました。以後、『砂の女』のヴィジュアルイメージは、この映画が基本にならざるをえなくなったのです」
実はこの映画の脚本は、原作者・安部公房自身が手がけている。原作初刊時、三島由紀夫が、〈すべてが劇作家の才能と小説家の才能との、安部氏における幸福な結合を示している。〉と推薦文で書いたように、安部公房は、戯曲やラジオ、TV、映画脚本も書く劇作家でもあったのだ。
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