「プペル」続編が“爆死”と言われるワケ 西野亮廣の「成功モデル」、2度目には通用しないという現実

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最初は「前例のない挑戦」

 しかし、この方式は一度目には強いが、2度目以降は効力が落ちやすい。なぜなら、最初は「前例のない挑戦」だったものが、2度目には「成功モデルの再実行」になるからだ。未知のものに対する挑戦は人を熱狂させるが、再挑戦は冷静に値踏みされる。そこにあるのが「革命」ではなく「既存事業の大型案件」に見え始めた瞬間、人々の見る目は厳しくなる。

 さらに言えば、西野という人物そのものが、すでに「未知の可能性を秘めた異端児」ではなくなったことも大きい。かつての西野には、芸人なのに絵本を描く、芸人なのにビジネスを語る、テレビ的な文法から逸脱して動く、といった違和感があった。その違和感が賛否を呼び、話題性を生み出していた。

 今の西野は、良くも悪くも「西野亮廣というジャンル」として定着している。人々はもはや彼が何をやっても驚かない。驚かないということは、話題になりづらいということだ。純粋にその企画が本当に面白いのか、前より新しいのか、という中身の勝負にさらされている。これはビジネスパーソンとしては成熟して格が上がったとも言えるが、求められる基準が高くなったということでもある。ブランドが確立されると、熱狂的な支持は安定する一方、新規客の流入は減ってしまうからだ。

 映画公開前の時期には、告知を兼ねて西野が数多くのバラエティ番組に出演していた。そこでは彼が夢見がちなスキのある発言をするイジられキャラとして扱われることが多く、ほかの芸人からさまざまな切り口でイジり倒されていた。

 これはこれで芸人のパフォーマンスとしては文句なしに面白かったのだが、それが視聴者にとって彼の映画を見る動機づけになっていたのかというと、その点にはやや疑問が残る。

 西野の芸人としてのキャラクターは、彼の作品の内容とはほとんど重なっていない。彼が芸人としてあまりに優秀すぎるために、バラエティで見せるパフォーマンスが、映画の世界観を逸脱してしまっている。テレビで彼を見て「西野は面白いなあ」と感じた人はたくさんいるかもしれないが、その中で映画を見たいと思った人は果たしてどれだけいたのだろうか。

 今回の続編の苦戦が示しているのは、西野亮廣の終わりではない。むしろ、彼がクリエイターとして次の局面に入ったということを示している。挑戦者としての段階はすでに終わっていて、実績あるブランドとしての価値が問われている。

 西野がこの先もう一度大きくステップアップすることがあるとすれば、そのカギになるのはかつての成功モデルを繰り返すことではなく、自分自身の勝ちパターンを一度壊して、「西野ならこう来るだろう」という予測を裏切ることだ。彼にいま求められているのは、夢を語る力ではなく、彼にしかできない形で新しい驚きを提供することなのだ。

ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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