“ムエンゴ”という言葉では片づけられない…あまりにも不運だった名投手列伝

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3人とも球史に名を残す投手に

 日本新記録の1試合19奪三振を達成しながら、勝利投手になれなかったのが、オリックス時代の野田浩司である。

 1995年4月21日のロッテ戦、野田は初回を3者連続三振に仕留める最高の立ち上がりを見せると、4回までに10奪三振を記録した。千葉マリン特有の強風を背に受け、最大の武器であるフォークは本人にも落ちる方向がわからないほど威力を増していた。

 6回までに14三振を奪った野田は、7回に愛甲猛、五十嵐章人、山下徳人を3者連続三振に打ち取り、自身と足立光宏(阪急)、野茂英雄(近鉄)が持つ日本記録の16奪三振を一気に更新した。8回には先頭の平野謙をフォークで空振り三振に仕留め、18個目を記録すると、先発全員奪三振も達成した。

 だが、1対0で迎えた9回に不運が待っていた。1死一塁から平井光親の中前への打球を、田口壮が「捕れると思って」前進したものの後逸。記録は三塁打となり、目前の勝ち星が消えた。なおも2死満塁と一打サヨナラのピンチで、野田は渾身のストレートで平野から19個目の三振を奪う。だが、すでに162球を投じており、この回限りで降板となった。

 試合は延長10回に守護神・平井正史が打たれ、無念の敗戦。それでも野田は「自分の歴史の中で誇りにします。ウイニングボールはありませんけど」と胸を張った。そして、その年も3年連続2ケタ勝利を達成し、球団の11年ぶり優勝に貢献している。

 今回取り上げた3人はいずれも、好投しながら打線の援護に恵まれなかった。確かに不運な試合ではあったが、それでも3人とも球史に名を残す投手になったのは事実である。報われなかった好投もまた、その投手の価値を損なうものではない。むしろ、そうした一戦があるからこそ、名投手の凄みはいっそう際立つのかもしれない。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新著作は『死闘! 激突! 東都大学野球』(ビジネス社)

デイリー新潮編集部

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