「お母さんを必ず甲子園に連れて行くからね」 有言実行のエース「宮城大弥」が家族に目標と明かした「中日レジェンド投手」の名前
「お母さんを必ず甲子園に連れていく」
興南高校に入学した宮城投手は、高校1年生(2017年)の春にベンチ入りを果たすと、夏の甲子園沖縄大会では外野手や、救援として出場を続けた。球の出どころが見えにくいフォームから繰り出される最速149km(当時)の速球と、切れ味鋭いスライダーやチェンジアップでチームの勝利に貢献すると、未来工科高校との決勝戦では先発のマウンドに上がり、1失点完投勝利。13奪三振を奪う好投で、チームを甲子園に導いた。
「小学校4年生の時、大弥が『お母さんを必ず甲子園に連れていくから、その時まで待っていてね』と言ってくれて、その夢が実現したことがとにかく嬉しくてたまりませんでした」(礼子さん)
当時は、まだ宮城家の経済事情が不安定だったこともあり、宮城一家が甲子園のマウンドに上がる宮城投手の姿を見ることは叶わなかったが、エースとして県大会を制し、少しだけ生活に余裕が生まれた翌年の夏には、現地への遠征が実現。
「甲子園のマウンドに上がる大弥の姿を見た時には、『やっとここまで来よった』とさまざまな感情が込み上げてきて、スタンドで涙が止まりませんでした」(享さん)と、さまざまな困難を乗り越えての夢舞台は、喜びもひとしおだったという。
ドラフト指名で「生活が楽になることがわかって安心した」
高校3年生(2019年)の夏には、沖縄尚学高校との決勝で延長13回、229球の力投を見せるも、わずかに力及ばず。3度目の甲子園出場はならなかったものの、153kmにまで磨きをかけた速球と、変化球で三振を量産したその実力が認められてU-18日本代表に選出。佐々木朗希投手(現、ロサンゼルス・ドジャース)、奥川恭伸投手(現、ヤクルト)らと「U-18ワールドカップ」を戦い、3試合に登板して防御率1.04という成績を残し、大会を終えた。
そして、「有力候補」の一人としてその進路に注目が集まった同年秋のドラフト会議では、4球団が競合した佐々木朗希投手、河野竜生投手(現、北海道日本ハム)の抽選に漏れたオリックス・バファローズから“外れ1位”指名を受け、プロ野球選手としてのスタートラインに立つ。
「まだ中学生だったので、ドラフトの仕組みも名前を呼ばれて何が起こったかも全然わかりませんでしたけど、『生活が楽になる』ことだけは理解できて、とにかく安心したことを覚えています」(弥生さん)
ルーキーイヤーの2020年は、コロナ禍の影響により通常よりも短期間でのシーズン開催となったが、新人ながらも二軍で13試合に登板し、6勝2敗・防御率2.72の成績でウエスタン・リーグ最多勝を獲得。シーズン終盤には一軍昇格を果たし、3試合目の先発登板(11月6日・対日本ハム戦)では、5回3失点ながらもプロ初勝利をマークした。
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