「芸能人コメンテーター」はもう不要か カンニング竹山「ニュースやめます」宣言の背景
一切やめる
芸人のカンニング竹山が「ニュースをやめます」と宣言したことが話題になっている。彼は3月16日に自身のXで「ABEMA Prime」(ABEMA)から卒業することを報告した。さらに、13日に配信したポッドキャスト番組の中で、この春からニュース番組の仕事を一切やめることを宣言した。【ラリー遠田/お笑い評論家】
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【写真】たしかに「納得」…カンニング竹山の“キレ芸”の完成度を上げるために参考にした“芸人”とは?
もともと彼は、政治などの難しいニュースを芸人の立場からわかりやすく伝える役目として、報道番組や情報番組のコメンテーターの仕事を引き受けていた。最初はその仕事に面白さを感じていた。
だが、最近になって、人々がネットを通して自由に情報を収集したり発信したりできるようになったことで、自分の役割が要らなくなっているのではないか、と考えたのだという。
竹山のこの発言が注目されたのは、彼が長年「芸能人コメンテーター」というポジションを象徴する存在だったからだ。彼のニュース撤退宣言は、1人のタレントの意思表明であるだけではなく、その役割自体の賞味期限が切れつつあるのではないか、という鋭い問題提起にもなっていた。
竹山は芸人が本職であり、ニュースの専門家ではない。だが、テレビタレントとして生き残る道を探る中で、彼は情報番組やニュース番組の中に独自の居場所を見つけた。
そこには時代の要請もあった。2000年代後半頃から、情報番組のコメンテーターとして、タレントが積極的に起用されるようになってきた。かつては報道とバラエティは明確に分かれていて、バラエティ系の芸人やタレントが報道系の番組に出ることはなかったのだが、徐々にその壁が崩れてきたのだ。
政治・経済のニュースや社会問題を扱うとき、知識のある解説者だけでは堅苦しく見えてしまう。そのため、一般視聴者の怒りや違和感を言葉にできる芸能人コメンテーターが重宝されるようになった。
竹山はそのポジションに適していた。年齢的にも十分な貫禄があるし、もともと「キレ芸」を売りにしていた彼は、世の中の理不尽な出来事に対して怒りを表明するのが似合っていた。怒るべきところで怒り、視聴者が言いたいことを少し乱暴なくらいの言葉で言い切ってみせる。彼は世間の声を代弁するのに適した存在だった。
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