WBCの“後遺症”に泣いた名選手たち…栄光の先にあった試練
ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で大会2連覇を狙った侍ジャパンは、決勝ラウンド準々決勝でベネズエラに逆転負けし、6大会目で初めて4強入りを逃す結果となった。WBC後は、成績はどうあれ、シーズン開幕前に一度体をピークの状態に仕上げた反動などから、シーズンに入ってから調子を崩したり、故障したりする選手も少なくない。【久保田龍雄/ライター】
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負の連鎖
2009年の第2回大会で2連覇に貢献したレッドソックス・松坂大輔、マリナーズ・イチローの“投打の主役”2人も、シーズンではWBCの“後遺症”に苦しんだ。
松坂は3勝0敗、防御率2.45の好成績で2大会連続のMVPに輝いたが、後に大会前から股関節周辺を痛めていたことが明らかになる。
18勝を挙げた前年も5月に右肩を痛めるなど満身創痍の状態だったが、連覇がかかっている大会に“日本のエース”が出ないという選択は、松坂自身の中であり得なかった。
WBCでは無理を押して投げ続け、2連覇を達成したものの、チームに合流後は当然のように疲労が溜まっていた。
にもかかわらず、3月30日、川上憲伸と投げ合ったブレーブスとのオープン戦では、5回を2安打、自責点1に抑え、「好調維持」と報じられた。
そして、状態が良くないときでも結果を出し続け、治療に専念するきっかけを失ったことが、負の連鎖をもたらす。
シーズン初登板の4月9日のレイズ戦は、6回途中4失点で黒星スタート。2度目の登板となった同14日のアスレチックス戦では、初回に味方が3点を先行した直後に5点を失い、自己最短の1回で降板する羽目になった。首脳陣はWBCの疲れが残っていると判断し、故障者リスト入りを決めた。
同年、4勝6敗、防御率5.76と、NPB時代も含めてプロ入り後最低の成績で終わった松坂は、その後も故障との闘いに明け暮れ、完全復活することはなかった。
結果的にWBCの栄冠と引き換えに、野球人生の後半で茨の道を歩むことになった感が強い。
逆風を大きな力に変えたイチロー
一方、イチローは1次ラウンドから準決勝の米国戦まで24打数4安打と深刻な打撃不振が続き、「想像以上の苦しみ、辛さ、(心の)痛みを感じた」という。
決勝の韓国戦では延長10回にチームを2連覇に導く決勝2点タイムリーを放ち、ようやくイチローらしさを見せたものの、チーム復帰後は日の丸を背負ったプレッシャーと戦い続けた疲労から体調を崩してしまう。
キャンプ中にめまいを感じたイチローは、緊急精密検査の結果、出血性胃潰瘍であることが判明し、メジャー9年目で初の故障者リスト入りとなった。
だが、イチローはWBC同様、逆風を大きな力に変える。
開幕から8試合欠場したものの、復帰初戦の4月16日のエンゼルス戦で張本勲のNPB最多安打記録に並ぶ日米通算3085安打を記録。メジャー史上初の9年連続200安打も達成するなど、結果的に打率、安打数、本塁打数で前年を上回る成績を残している。
WBCで活躍したのに、シーズン後に事実上の戦力外通告を受けたのが、今大会で日本代表監督を務めた中日時代の井端弘和である。
37歳で出場した2013年の第3回大会、井端は1次ラウンド・ブラジル戦の8回、2次ラウンド・台湾戦の9回2死から、いずれも起死回生の同点打を放ち、世界を舞台にいぶし銀のような存在感をアピールした。
だが、シーズン開幕後は、WBCの疲れに加え、右足首の炎症で2度登録抹消されるなど、打率.236、1本塁打、18打点と不本意な成績に終わった。
そして、オフに球団の大幅なコストカットのあおりを受ける形で、年俸2億5000万円から88%ダウンともいわれる大減俸の3000万円前後を提示され、交渉が決裂。自由契約の形で16年間プレーした中日を去ることになった。この年俸2億5000万円という整理は当時報道にも見られる。
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