早大「ランニングサークル」出身のマラソン日本代表「小林香菜」 総務官僚を目指しながら「富士山マラソン」を連覇した“異色すぎる競技人生”を明かす

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限られた時間をやりくりしながら勉強も

 毎朝6時30分に自宅を出発し、学校の授業や部活動を終えて、自宅に戻るのはたいてい20時を過ぎてから。

「帰宅する頃にはもう、疲れ果てていることが多かった」という小林選手は、夜に自宅で勉強するのが難しい代わりに、片道1時間半を要する通学時の電車で単語帳を見て過ごすなど、限られた時間を上手くやりくりし、出来る限り真面目に授業を聞くことを心がけていたそう。

「だいたいいつも真ん中辺りの成績だった」そうだが、高校3年生の時には「数学や物理といった理系科目が苦手だったことや、ニュースで流れるさまざまな事件に触れ、裁判や法律に関心を抱いたことから、法学部への進学を決断した。

毎日20キロのランニングで、富士山マラソンを連覇

 早稲田大学本庄高等学院を卒業後の2020年4月には、早稲田大学法学部に進学。一時は体育会競走部への入部も考えるも、当時は女性部員が少なく駅伝への出場が叶わなかったことや、フルマラソンやアウトドア活動に対する思いの強さ、そして「改めて振り返ってみると、体育会に足を踏み入れる覚悟が足りなかった」こともあってこれを見送った。
大学ではランニングサークルの「早稲田ホノルルマラソン完走会」や「山小屋研究会」に入部し、自身で考えたメニューをこなしながら、練習を重ねていった。
 だが、大学入学と同時期に、コロナ禍が襲来。約3ヶ月後に東京五輪を控え、スポーツ一色の盛り上がりを見せていた状況は一変し、感染症拡大防止の観点から、外での運動が厳しく制限されることとなり、マラソン大会の中止も相次いだ。

 そのような社会事情も災いし、大学生活1年目は、大会への出場は叶わなかったものの、無観客開催の東京五輪を終え、平穏を取り戻しつつあった2021年11月の「富士山マラソン」に出場した小林選手は、初マラソンを3時間29分12秒で完走。

 その後も、毎日20キロのジョグや皇居でのランニング、さらにはタイムの向上に力を注ぐ先輩のアドバイスを参考にしながら、トラックでの練習や大会の出場回数を増やし、実戦の中でスピードに磨きをかけた。

総務省のインターンで感じた マラソンを続ける難しさ

「まずは30キロくらい走ってみて、長距離のランに対する心理的な抵抗感を徐々に減らしつつ、怪我をせずに練習を続けることが大切かなと思います」

 タイム向上の秘訣を明かす小林選手は、1年間で50分ほどタイムを縮め、2022年の富士山マラソンでは、2時間39分54秒でゴールテープを切り、見事に優勝。大学卒業を控えた2023年には、2時間37分33秒の大会新記録で、見事に連覇を成し遂げた。

 だが、マラソンに力を注ぐ一方で、大学2年生の頃からオンライン予備校に通って準備を進めていた国家公務員試験については、徐々に遅れが生じるようになっていることを感じ取っていた。

 大学3年生の夏には総務省のインターンに参加し、試験合格に向けた準備を着々と進めるも、市民ランナーとしてレースに出ながら省庁で働く先輩に出会い、仕事と競技の両立が想像以上に難しそうな実情を目の当たりにしたことや、練習に本腰を入れた成果が想像以上に表れてきたこともあり、やがて実業団チーム入団を考えるように。

 大会を数日後に控える中、通学中に負傷し、思うように走れなかった高校時代の自責や、「ランナーとしての可能性を試してみたい」という思いは日に日に強くなり、進路の変更を本格的に考えるようになった。

 第2回【早大法学部から強豪実業団チーム入り…女子マラソン「小林香菜」が語る異色のシンデレラガールが「世界陸上で入賞を果たせた理由」】では、総務官僚を目指していた小林選手が一転、実業団に所属することになり、さらに世界陸上で7位入賞という輝かしい成績を残すまでに至ったのか、また今後の展望、ロス五輪への思いなどについて伺いました。

ライター・白鳥純一

デイリー新潮編集部

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