子どもたちから圧倒的人気「ドクターイエロー」の引退記念写真集が大ヒット! かつての乗り鉄少年が“JR東海公式”写真集を手がけるまで
偶然“大御所”と車内で遭遇
青春18きっぷを使って様々な路線に乗り、様々な写真を撮影した。そして村上氏に大きな影響を与えたのが、レイルファンの圧倒的な支持を得ていた月刊誌「鉄道ジャーナル」の人気連載「列車追跡」だった。
「創刊号から掲載されていた名物ページでした。普通『鉄道写真』と言えば、美しい自然を背景に列車が走るというイメージでしょう。その点、『列車追跡』は乗車レポート、つまり紀行文で、運転士さんに車掌さん、乗客のポートレート写真に力点が置かれていたのです。僕にとっては非常に面白い記事でした。そして、高校生になって列車に乗っていると、偶然に『列車追跡』の取材と撮影を担っていた中井精也さんに出会ったのです」(同・村上氏)
NHKのBSプレミアムで放送されている「中井精也の絶景!てつたび」をご覧になった方もおられるだろう。鉄道写真界の大御所だ。
「僕は中井さんに『どうやったら鉄道写真家になれるでしょう?』と質問しました。中井さんは取材中ですから『いきなり失礼だし、仕事の邪魔だよ』と怒っても不思議はなかったと今は冷や汗をかきます。それでも中井さんは丁寧に対応してくれて、中井さんが創設した鉄道写真のフォトエージェンシー『レイルマンフォトオフィス』の存在を教えてくれました。そして僕が撮影した写真を見てもらえるようになったのです。本当に幸運以外のなにものでもなかったと思います」(同・村上氏)
大学での貴重な体験
高校3年生の時には「写真の甲子園」(全国高等学校写真選手権大会)に関東代表として出場した。カメラに興味のある高校生なら誰でも憧れるビッグイベントとして知られる。
「卒業したらすぐに働きたかったのですが、中井さんに『大学は出なさい』と助言されました。そこで日本大学芸術学部の写真学科に進みました。大学で学ぶ重要性は、すぐに理解しました。それまでの僕は鉄道が好きな人から『珍しい車両の写真だね』と褒められる、というように“鉄道写真”としての感想だけを教えてもらっていました。ところが大学では教授も仲間も“鉄道を撮影した写真作品”として批評します。その重要性に気づき、大学生の時は鉄道写真だけを撮るのではなく、ポートレートや風景写真も積極的に学びました」(同・村上氏)
大学を卒業すると、満を持して「レイルマンフォトオフィス」に入社した。全国を飛び回って鉄道の写真を撮影するのだから、まさに夢にまで見た日々だ。2017年には「会社員である甘えを断ち切るため」に独立。フリーランスの鉄道写真家として鉄道誌、旅行誌、カメラ誌を中心に作品が掲載されるようになった。
そんな村上氏の元にウェッジから「引退するドクターイエローを撮影しませんか」という依頼が舞い込む。
第2回【「ドクターイエロー」に1年間密着したカメラマンが「美しい鉄道写真」だけでなく“検測員”や“鉄道ファン”の姿に焦点を合わせた理由】では、撮影を始めた村上氏がドクターイエローではなく“人間”を被写体に選んだ理由など、写真集が完成するまでのプロセスを詳細に報じている──。
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