子どもたちから圧倒的人気「ドクターイエロー」の引退記念写真集が大ヒット! かつての乗り鉄少年が“JR東海公式”写真集を手がけるまで

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 昨年末に出版された『ありがとうT4 JR東海公式 923形ドクターイエロー引退記念写真集』(ウェッジ)が話題を集めている。ドクターイエローは「新幹線電気軌道総合試験車」に付けられた愛称。東海道・山陽新幹線を約10日に1回の周期で走行し、電気設備や軌道設備などの状態を計測してきた。(第2回の第1回)

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 このドクターイエローは鉄道に興味がない人々でも、大人から子供まで幅広い人気を集めてきたことで知られる。

 例えば中日新聞は2010年11月、「ドクターイエロー ファン過熱 名古屋駅など 撮影で注意多発」との記事を夕刊に掲載した。

 この記事でドクターイエローが人気を集めている理由として「黄色のインパクト」、「ダイヤ非公開という秘密性」、「月に約3回しか運転されない珍しさ」などを挙げている。担当記者が言う。

「高い人気を誇るドクターイエローですが、あと数年で完全に“引退”することが決まっています。かつてドクターイエローはJR東日本、JR東海、JR西日本で使われていました。まずJR東日本が2001年に『East i』に切り替え、JR東海のドクターイエロー『T4』は昨年1月に引退。今はJR西日本の『T5』だけが走っています。しかしJR西日本も『2027年以降を目途に「ドクターイエロー」による検測を終了する予定です』と発表しました。ちなみに東海道・山陽新幹線では2020年から運用が始まったN700Sの新幹線に検測機能が付いているため、今後は検測用の特別な新幹線が走ることはありません」

 JR東海のドクターイエローが引退したため、JR東海グループの出版社・ウェッジが公式写真集を出版したというわけだ。フルカラーの全216ページ、約400枚の写真は全て撮り下ろし。

 ネット上では《知り合いが貸してというけど貸せないです。わたしのお宝ですから》、《レアな写真の数々。「これが『公式』写真集の力なのか」と感服しました》──などなど、絶賛の言葉が次々に表示される。

“乗り鉄”だった少年時代

 カメラマンとして白羽の矢が立てられたのは村上悠太氏。この稿では村上氏が実力派の鉄道写真家として注目を集めるようになった“半生”と、「ドクターイエロー引退写真集」の企画が持ち込まれた経緯についてご紹介する。

 村上氏は1987年1月生まれの39歳。ご本人は「偶然ですが、私が産まれた年の4月に国鉄が分割、民営化されました」と笑う。

「しかも産まれた病院は日本鉄道発祥の地である新橋です。だからというわけではないですが、成長するにつれ“乗り鉄”になりました。そして、ごく自然に駅や電車の写真を撮るようになったのです。中学生の時、一人で東北を新幹線で回りました。両親も東京生まれだったので我が家は里帰りが必要なく、友達が新幹線で帰省するのが羨ましかったのです。上越新幹線で新潟、特急『いなほ』で秋田、秋田新幹線で東京に帰りました。その際に撮った写真を友達に見せると、『焼き増しがほしい』と頼まれて驚きました。世代的に関東圏以外の鉄道写真がめずらしかったとはいえ、それでも自分の写真を『ほしい』と友達が言ってくれたことは大きな影響を受けました」

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