「中南海でもリゾート地でも、好きな所に住んで…」 108歳で大往生「中国共産党の大物」のスゴい生活
典型的なエリート
1917年生まれということは、中華民国が誕生してまだ5年、欧州ではロシア革命が起きた年である。3月4日、中国共産党の元政治局常務委員、宋平氏が病気のため亡くなった。享年108。
【写真を見る】「58人の男を愛人に」「バッグには常にコンドーム」 12億円ワイロで捕まった「中国共産党美人幹部」
中国政界の最上層に君臨した政治家の中でも、飛び抜けて長寿だ。
「一時代前の共産党を支えた人たちは、エリートと労働者中心の非エリートに大きく分けられます。北京大学の農学部から清華大学に編入した宋氏は、若い頃から典型的なエリートでした。一方で、ご存じのように、この世代は文化大革命を直接経験しており、命を落としたエリートも少なくありません」(全国紙の北京支局特派員)
同氏が粛清の対象にならなかったのは、当時中国ナンバー2だった周恩来首相の秘書を過去に務めていたこと、そして経済閣僚として、政府の国家計画委員会(現在の国家発展改革委員会)に長くいたことが大きい。だから、共産党の権力闘争に巻き込まれずに済んだといわれる。
その後、党組織部長などを経て、江沢民総書記の下で6人しかいない政治局常務委員の一人に就任する。日本ではさほど知られてはいなかった宋氏だが、85年には来日も果たしている。共産党の青年組織「共産主義青年団」に早くから目を付け、胡錦濤氏(後の総書記)を抜てきした“名伯楽”でもある。
秘書が常時派遣され……
92年の党大会で引退すると、宋氏は“長老”生活に入るが、それはどんなものなのだろうか。
拓殖大学教授でジャーナリストの富坂聰氏が言う。
「長老は、自分の好きな所に住むことができます。中南海でもリゾート地でも大丈夫。監視の意味もあるのでしょうが、中央弁公庁からは秘書が常時派遣され、世話をしてくれる。一方で、北戴河会議といって、年1度、現執行部に意見を述べる場があり、政治局の文書に目を通すことができる。もちろん文書にクレームをつけるわけではありません。読んで『〇』をつけて戻すだけ。しかし、その行為自体が執行部に大きなプレッシャーを与えるのです」
宋氏の108歳は特別としても、中国共産党には長生きの元幹部が少なくない。同じ江沢民政権の常務委員である李瑞環氏(91)や朱鎔基氏(97)、胡錦濤時代の曽慶紅氏(86)も健在だ。
長寿の秘訣(ひけつ)はあるのだろうか。
「長老には人民解放軍の301病院から医療スタッフが派遣されており、西洋医学・漢方の両面から常にケアがなされます。しかし、激しい権力闘争を生き残った人たちですから、生命力がケタ違いであることは間違いありません」(同)
人の寿命だって気力次第である。


