【ばけばけ】小泉八雲の魅力「日本愛」「友情」描写が薄すぎる…小手先で盛り上げるドラマの限界

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人間ドラマが損なわれた2つの点

 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』も残すところあと2週となった。第23週「ゴブサタ、ニシコオリさん。」(3月9日~13日放送)では、レフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)は妻のトキ(髙石あかり)と長男の勘太のためにも、日本に帰化してトキと入籍する決意をする。

 当時の日本には帰化する欧米人などほかにほとんどおらず、前例がないに等しかったから、なにかと苦労がともなった。ヘブンのモデルであるラフカディオ・ハーンの場合も、明治28年(1895)の8月に手続きをはじめ、晴れて帰化し、トキのモデルのセツと入籍できたのは、半年後の明治29年(1896)2月だった。

 だから『ばけばけ』も、その際の苦労を第23週のドラマの真ん中に据えるは当然だと思う。だが、筆者には残念な点がある。苦労話をドラマティックに展開するために、小泉八雲をモデルにした人間ドラマであるなら、ぜひともしっかりと描いてほしかった一番肝心な部分が、損なわれているように感じるのである。

 その「肝心な部分」は2点指摘できる。1つは、ラフカディオ・ハーンが日本に帰化して小泉八雲になる前も、なった後にもいだいていた、日本に対する深い理解とかけがえのない愛情。もう1つは、小泉八雲が無二の友人と結んでいた堅くて深い友情である。

薄められてしまった日本への愛情

 日本への理解と愛情に関しては、第22週「アタラシ、ノ、ジンセイ。」(3月2日~6日放送)で疑問が浮上した。ヘブンのもとにアメリカにいるイライザ(シャーロット・ケイト・フォックス)から手紙が届き、『日本滞在記』の評判がいいので、次はフィリピン滞在記を書かないかという依頼がきている、と伝えてきた。これにヘブンは心を大きく動かされたのだ。勤務先で同僚のロバート(ジョー・トレメイン)に相談しても、「日本にいても君はもうなにも書くものを見つけられない」と指摘され、周囲も、そしてヘブン自身も、それに同意する。

 結果的には、トキの妊娠を知ってフィリピン行きは断念し、家族のために日本への帰化と入籍を決断するのだが、その際もヘブンはイライザに「物書きとしての私は死んだ」と手紙を書き送った。

 だが、ラフカディオ・ハーンは、日本に暮らしてからの処女作『日本の面影』に象徴的に現れているが、日本にとことんほれ込み、称賛し、美化した。ハーンの日本観がその後、変わらなかったとはいわないが、興奮が醒めるのも、次第に冷静な目を持つのも自然なことだ。古いものとあたらしいものが混じり合い、不思議な調和を保っている日本の魅力に対しては終生、初恋の人に対して覚えるような、うきうきした感覚を失わなかった。

 つまりハーンだったら、仮にフィリピン行きを勧められて、少しは心を動かされることがあったとしても、それを真剣に検討したとは思えない。また、周囲もハーンの日本愛を知っているから、「日本にいても書くものを見つけられない」などとは、決して思わなかっただろう。

 日本という対象に自分自身を深く没入させ、時に盲目的にさえなったのがハーンの特徴で、そこにこの作家の最大の魅力があったと筆者は考える。しかも、これほど深い愛なのだからドラマの核になると信じていたのだが、『ばけばけ』ではドラマに紆余曲折を加えるために、この深い愛をじつに薄いものにしてしまった。

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