【ばけばけ】小泉八雲の魅力「日本愛」「友情」描写が薄すぎる…小手先で盛り上げるドラマの限界
どうして骨太の友情を描かなかったのか
続いて友情である。第23週、ヘブンは戸籍の手続きのために松江にしばらく滞在する。それに当たっては、書生として熊本のヘブン邸で暮らす錦織友一(吉沢亮)の弟の丈(杉田雷麟)が、兄のもとに「協力してあげてほしい」という手紙を送った。だが、錦織は協力的になれず、ヘブンが彼を直接訪ねてきたときも、依頼を断ってしまった。
錦織が断ったのには、じつは裏があった。ヘブンが家族のことだけを考えて日本人になってしまっては、作家生命が断たれると思い、書くためのモチベーションが引き出されるように、わざと断り、刺激し、焚きつけたのだ。
結核のせいで間もなく命が断たれる錦織の「最後の友情」を、こうして描こうとしたのかもしれない。だが、錦織のモデルの西田千太郎はハーンとのあいだに、遠慮し合う必要がなく、ギクシャクすることもない堅固な友情を築いていた。
『ばけばけ』のヘブンと錦織は、ヘブンが熊本に転居してからは、ほとんど音信不通だったようだ。しかし、ハーンと西田は近くにいるときも、物理的に距離が離れているときも、変わらず密に連絡を取り合った。熊本に転居したハーンが、「熊本は大嫌いだ」と愚痴を送った相手も、長男の一雄が発した最初の言葉が「パパ」だとのろけた相手も西田だった。日本に帰化する決心をした際、真っ先に手紙で伝えた相手も、ハーンがいざ入籍と帰化の手続きを進めるにあたり、さまざまに仲立ちしたのも西田だった。
おそらくハーンは、セツが英語を解さないので、微妙な気持ちを伝えたり、込み入ったことを相談したりしたいときは、いつも錦織に頼ったのだろう。2人は欧米人と日本人のあいだでは、もっとも古くもっとも深い友情で結ばれていたように思う。だったら当然、それもドラマの核になると信じていた。だが作家は、骨太の友情よりも、山あり谷ありで時にギクシャクするほうがドラマティックだと考えたのだろう。筆者には残念でならない。
人間関係が薄っぺらに見える
さらにいえば、錦織は人生の最後に、ヘブンの書き手としての魂を呼び起こす役割を負ったのだろうが、これは1つ目の点に関係している。つまり『ばけばけ』では、ヘブンの脆弱な日本愛に、ヘブンとの関係をギクシャクさせながらも錦織が渇を入れたわけだ。ここでもヘブンに確たる日本愛が欠けていることが問題になったが、繰り返すが、ハーンの日本への愛情も、西田との友情も、もっとずっと骨太だった。それが魅力だった。ヘブンと錦織についても、小手先の紆余曲折は排して骨太に描けなかったものだろうか。
人間関係が薄っぺらだ、と感じられた場面はほかにもあった。たとえば第23週で、ヘブンの帰化に協力的でない島根県知事(佐野史郎)を説得してもらおうと、トキが松江中学の校長になっている庄田多吉(濱正悟)を訪ねたときのこと。庄田の家から出てきたのは、トキの幼馴染のサワ(円井わん)だった。彼女は庄田と結婚し、念願かなって小学校の正規の教師に採用されていたのだ。
トキとサワの関係は、トキがヘブンと結婚してシンデレラのように持てはやされるようになったのを機にギクシャクするようになり、その模様を描くのに第16から第17週まで2週間が費やされた。そして最後は、2人は友情をたしかめ合ったはずだった。
ところが、その後にサワが庄田と結婚したことも、希望どおりに教師になれたことも、トキは知らない。サワはトキに長男が生まれたことを知らなかった。
明治時代にはEメールもSNSもない代わりに、人々は手紙を頻繁に交わした。トキとサワほどに長くて深い関係であれば、関係にヒビが入らないかぎり、こうしたことは真っ先に報告し合っただろう。ところが、トキが松江を久しぶりに訪れて、2人はそれぞれの近況をはじめて知る。たがいに驚く様子がドラマになる、という判断だったのかもしれないが、筆者には、この2人に関係が薄っぺらだったのだ、と思えてしまう。あるいはドラマが薄っぺらなのか。
だからかどうか、『ばけばけ』の視聴率はこのところイマイチ振るわない。3月10日放送の第112回の視聴率は14.5%だったが、連続テレビ小説の前作『あんぱん』の第112回は16.7%だった。2ポイント以上低下しているのは、筆者と同じような感想をいだく人もいるということかもしれない。







