「相撲界への緊急提言」 脳震盪を起こした力士に“処置”よりも“礼儀”を求めるのか…重要性を増す土俵下の「救急救命士」の役割

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すぐに機能を発揮

 テレビ中継でも、土俵から少し離れた花道の脇で、『救命士』のビブスを付けた体育会系とおぼしきスタッフが座っている姿がしばしば映し出されるようになり、どんな役割を担っているのか、気になっていた。

 救急救命士導入のきっかけは複数あったと言われる。2021年春場所の相撲で首のあたりを強打した三段目力士が、場所後に急性呼吸不全で亡くなった。2022年初場所2日目には、宇良が後ろ向きで土俵下に転落。後頭部を床に打ち付けたためか、しばらく動けなかった。多くのファンが最悪の事態も案じる光景だった。幸い宇良はまもなく立ち上がり、朦朧とする様子でなんとか土俵を降り、車いすで支度部屋に戻った。

 同じく2022年九州場所千秋楽でもアクシデントが起こった。優勝決定戦が巴戦になり、阿炎と対戦した高安が立ち合いで阿炎の胸に頭をぶつけ、崩れるように手をついた。自力で立ったものの、脳震盪を起こしているように見えた。高安は呼出しの助けを借りて土俵を降りた。

 問題はこの後だ。続く貴景勝との一番に阿炎が敗れたら、高安は再び土俵に上がり、貴景勝と戦うことになる。それを許すのか、誰が判断するのか。他のスポーツには、『競技中に脳震盪を起こした選手はその試合から除外され、戻ることが許されない』などの厳格な規定がある。選手の健康と安全を守るためだ。ところが、日本相撲協会にはそうした安全基準が不十分だった。

 そこで2024年春場所(3月)から導入された救急救命士の配備は、すぐに機能を発揮した。同場所4日目、幕内剣翔が取組中に左ひざを痛めたとき、勝負審判の親方とともに土俵に上がり、救急対応にあたる姿が見られた。

 同年九州場所6日目には、琴勝峰に突き落とされた御嶽海が後ろ向きで土俵下に落ちた。しばらく動けない御嶽海に救急救命士が駆け寄り、担架で救急搬送するまで寄り添った。

見当たらない救急救命士の姿

 その後も、幕下の取り組みで脳震盪の症状が見られたとき、二人の救急救命士が土俵に上がり「いったん座りましょう」と力士を説得、両脇から支えて安全に土俵から降りる手助けをしたという実例もある。

 ところが今回、彼らは登場しなかった。脳震盪ではないと判断したのか、幕下とは違い満員の観衆が見つめる土俵に気後れしたのか。だとすれば、審判長がすぐ出動を要請するなどの仕組み(プロトコル)も必要ではないか。

 私はそんな疑問を感じて、一山本対阿武剋の一番をビデオで見直した。するとこの日の花道には、救急救命士の姿が見当たらない。呼出しさんの肩を借りてゆっくりと支度部屋に戻る阿武剋に駆け寄る姿はなく、花道のどこにもそれらしい影はなかった。

 果たして、今場所は救急救命士の常駐が見送られたのか。あるいはたまたまその日、その時、会場を離れていたのか?

 日本相撲協会と協定を結んでいるはずの(そして上記ニュースリリースの発信者である)国士舘大学広報部に問い合わせると、次の回答が寄せられた。

「お問い合わせの件につきまして、今場所も日本相撲協会と協定を結び、救急救命士を派遣しております。活動の詳細に関しての取材依頼やお問い合わせに関しては、日本相撲協会を通すことになっておりますため、私どもから回答できかねる状況でございます。恐れ入りますが同協会にお問い合わせいただけますと幸いです」

 今場所も救急救命士が常駐していることは確認できた。5日目には、桟敷席で体調の悪くなった高齢者の処置をしたとの情報も聞こえてきた。せっかく救急救命士が常駐しながら機能しないことがないよう、今後は活動報告を日本相撲協会の公式サイトに掲載するなども含め、いっそうの改善と充実を願いたい。

スポーツライター・小林信也

デイリー新潮編集部

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