死の床からまさかの“春画”が… 横尾忠則が振り返る「母の最期」
昔、井上光晴さんに小説を書かされる羽目になったことは、昨年の暮れにこのエッセイで触れました。瀬戸内寂聴さんが母について書いた僕のエッセイを読んで、井上さんに「横尾さんに小説を書かせなさい」と言ったことが事の始まりだけれど、今回、ここで紹介するのは母の死にまつわるエピソードです。
1964年、東京オリンピックの年に僕はヨーロッパツアーの団体に便乗して、最初で最後と思われる海外旅行に出掛けたのです。手持ちのお金はほとんどなかったので、母が郷里の実家を売った残金の75万円を貰って一世一代の海外旅行に飛び立ったというわけです。...

