“ガチョウの羽根”が不足して“バドミントン”が危機に…人工素材の「合成シャトル」の開発が困難を極める理由

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 中国人の食文化の変化が、あるスポーツに深刻な影響を与えているのをご存じだろうか。そのスポーツとはバドミントン。競技に絶対欠かせないシャトル(羽根)は水鳥の羽根から出来ている。【取材・文=小林信也(作家・スポーツライター)】

北京ダックの副産物として

 シャトルコックとも呼ばれるのは、かつてニワトリ(コック)の羽根を使っていた名残だという。現在はガチョウとアヒルの羽根が使われ、高性能で耐久性も高いのはガチョウの羽根。だから、トップレベルの大会で使用されるのはガチョウの羽根で作られたシャトルと決まっている。ガチョウの羽根は個体差が少なく安定している。それに比べてアヒルの羽根は個体差が大きく、ガチョウに比べるとやわらかく、ひとつひとつのシャトルの飛び方に差があるという。

 1個のシャトルは、16枚の羽根から出来ている。1羽のガチョウから採れる羽根は14枚だから、最低でも1個作るのに2羽が必要だ。

 そのガチョウの羽根の最大の供給源は中国。北京ダックに代表される料理で消費されたガチョウの羽根が、副産物としてバドミントンの羽根に使われている。

 ところが、中国人の食文化の変化によって、ガチョウの消費量が大幅に減少してきた。その傾向はすでに10年以上前から明らかで、様々な影響が指摘されてきた。読者の身の回りで言えば、同じく水鳥の羽毛を内包するダウン・ジャケットの価格が高騰し、合成繊維を使った製品が増えたことは実感があるだろう。この水鳥(羽毛)価格の高騰と合繊への移行については、2012年7月6日にダイヤモンド・オンラインが次のようにレポートしている。

『大きなインパクトをもたらしているのは、中国の食卓事情の変化だ。中国は現在、羽毛原料となるカモを約20億羽、ガチョウを約2億羽を飼育する、世界でも圧倒的な羽毛原料供給国である。ただ、羽毛の原料は、食用のカモやガチョウの肉の副産物で、産出量は常に食用の需要に左右される。ところが、古くからカモやガチョウを食べる食文化を持つ中国で、近年、中国人の肉の嗜好が「柔らかくて旨味のある牛肉や豚肉にシフトしている」ため、飼育数が激減しているという。中でも高級羽毛布団に使用されるガチョウは、年率30~50%減を記録し、12年は3年前の5分の1に飼育量が減ると見込まれている。』

合成シャトルの開発が難しい理由

 それから14年が経ったいまも、ガチョウの消費量は増えていない。2018年のデータだが、中国における家きん肉(食用として飼育される鳥類の肉)の割合で最も多いのがニワトリで58.4%、アヒルが34%、ガチョウは7.5%。ガチョウの生産量は小さい。

 それでもバドミントン用具を供給するメーカー各社は懸命に水鳥の羽根を確保し続けてきた。一方で、「いずれ深刻な不足が生じるのは明らかだ。そうなった時、水鳥の羽根に代わる合成シャトルを作っておかなければ、バドミントン競技に深刻な影響を及ぼしてしまう」という悲痛な叫びを私はメーカー関係者との交流の中で聞かされていた。

 バドミントンが出来なくなる、と言うのは過ぎた表現だろうが、現在のような繊細なタッチ、硬軟織り交ぜた深みのある攻防が展開できなくなるのではないか、パワー一辺倒になる恐れや、スピードと対極にある独特の浮遊感が失われ、バドミントンの優雅さが消失するのではないかといった様々な懸念が選手、指導者、愛好者の間に広がっていた。それだけに私自身、折りに触れて、「合成シャトルの開発は進んでいるか?」とメーカー担当者に尋ねていたが、そのたび返ってくるのは、「難しい」「まだ最高峰の競技レベルで使える段階には至っていない」という答えだった。それほど、自然素材と同様の打感、飛行性能を再現するのは難しいのだろう。

 何しろシャトルは、打った瞬間まず「すぼむ」。すぼむことで勢いがつき、鋭く飛び出す。トップ選手の初速は時速400km近くにもなる。それがやがて減速する。羽根が元に戻ろうとするからだ。そして回転を始める。シャトルは右回転するように羽根が植えられているのだという。やがて減速したシャトルは、相手の手許に届くころには時速50kmから60km程度になっている。わずかコンマ数秒の間にこれだけの変化を体現し、絶妙な空気感を醸しだすのは天然素材の水鳥ゆえであって、これを人工的に生み出すのは至難の業だと理解できる。

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