「『男の勲章』は歌う予定じゃなかった」 嶋大輔が明かす名曲への複雑な思い 「日本人のロックンロールが好きというわけではなかったので」

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人気歌番組を「全制覇」

 バンド「紅麗威甦」などと同様、横浜銀蝿の弟分ではあったが、銀蝿や事務所のスタッフなど周囲からは「大輔はちょっと違うよね」とも言われていた。そこにあったのはアイドルらしさ。銀蝿ほか一家のメンバーに比べ、やたらと女性のファンが多かったのだ。ただし曲発売当時、まだ17歳だったにしては冷静だったという。

「ドラマをやってライブをやって、サイン会をやってラジオにも出て。ライブだと例えば大阪が会場だと、大阪に着いてそのまま会場のホールに行ってリハーサルをやって本番終わったらホテルに入って。翌日はまた次の会場に行くので、『今日はどこだっけ?』と思うような毎日でした。勢いで行っていましたね。『男の勲章』もドラマを撮りながら、ライブに行って。ガキのくせして冷静でした。ただこんなに仕事させてもらっているんだ、という優越感はありましたね」

 当時、全盛だった歌番組にも数多く出演した。

「売れていると言われている人が出る『ザ・トップテン』『ザ・ベストテン』『夜のヒットスタジオ』『レッツゴーヤング』は全制覇しましたからね。『自分はここまで来たのか』と思ったこともありました」

広末涼子や多部未華子も口あんぐり

 俳優としては、デビュー作「茜さんのお弁当」以降、経験のすべてが身になる日々が続いた。「天まであがれ!」で共演した石立鉄男の厳しさ、その後も森繁久彌や渡哲也ら大スターの仕事に取り組む姿勢を勉強してきたという。

「一つのものに向かって何十人という人が取り組むのって好きなんですよ。一人がダメだと全部やり直しになる。そういうプレッシャーや緊張感も好きです。そんなことを言っていますが、『ヤスコとケンジ』(2008年、日本テレビ系)にカレー店店主で出た際に、NGを連発してテイク18まで行ったことがあります。一緒に出てた広末涼子ちゃんや多部未華子ちゃんは口をあんぐりしてました(苦笑)」

 1985年の「のン姉ちゃん・200W」(日本テレビ系)ではかつて親衛隊に入っていた石野真子とも共演。「この人と共演したい、という夢はたくさん叶えて来た」と笑う。

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