「特攻服姿でタバコを吸っていたら喧嘩に…」 嶋大輔が明かすデビューの舞台裏と、「しごかれまくった」新人時代
横浜銀蝿のライブ会場に特攻服で
転機が訪れたのは、芸能界の兄貴分であるバンド「横浜銀蝿」が横浜市教育会館で行った“お披露目コンサート”の会場でのことだった。
「銀蝿さんのことは全然知らなかったんですよ。ただ自分たちのたまり場になっていたゲームセンターに、かつて銀蝿さんのメンバーもよく来てたらしく、ゲーセンの大将と嵐(ヨシユキ)さんが仲良かったんです。で、お披露目コンサートがあるということで大将のところに『配ってくれ』というチケットがたくさんあった。それをもらって、友達とそろいの刺繍入りの特攻服を着て応援に行ったんです」
通説では、そのライブ会場で銀蝿の所属事務所の社長に声を掛けられて……ということになっているが、事実はやや異なるという。
「服装にも気合い入れて行ったので、早く着きすぎちゃったんです。で、会館でタバコを吸ってたら警備員と喧嘩になりまして……。それでその際に“身元引受人”ではないですが、社長が間に入ってくれて事なきを得たんです。後日、社長に『渋谷に来い』と呼び出されました」
横浜のはずれにいた嶋にとって、渋谷のような都会に一人で行くのは初めてのことだった。てっきり説教をされるのだろうと思いつつ電車で向かったが、渋谷で迷子になり、事務所のスタッフに車で迎えに来てもらって、ようやく事務所へたどり着いた。
「『こんなところまで呼び出しやがって』と思ってたわけですよ、説教だと思っていたから。ところが『お前、芸能界に興味があるか?』っていきなり聞かれたんです。理由を尋ねたら『目立ってた』と言われました。まあ背が高いのもあったんでしょうけど」
事務所に入所し、横浜銀蝿に付いて回るようになった。
「衣装や小物が入ったジュラルミンのケースを持って付いて回っていました。いわゆる“坊や”ですね。銀蝿さんの用事がないときは事務所で、口の中にタオルを突っ込んで声を出しながら曲に合わせてリズムを取るリズムレッスンをしたり、事務所近くの坂道を走らされたり……。なんでこんなことをやらされてるんだと思ったこともありましたけど(苦笑)。思いっきり根性系の事務所でしたね」
ドラマで褒められた「少年院帰り」の役
そうした中で受けたオーディションに合格し、ドラマデビューが決まった。1981年10月期に放送された「茜さんのお弁当」(TBS系)だ。同じく銀蝿の弟分の「紅麗威甦」(グリース)のメンバー、杉本哲太もこの作品でデビュー。八千草薫演じる主人公が営む仕出し弁当店を舞台に、嶋や杉本が演じる少年院帰りの非行少年らが店を手伝いながらトラブルを起こすも、やがて主人公と打ち解け、更生していく……というストーリー。
「ドラマと言っても『テメエこの野郎』とか『ふざけんじゃねぇぞ』とか、普段通りにやっていただけなんです。TBSのプロデューサー、堀川とんこうさんに『普段通り、喋ればいいから』って言われてたんで。堀川さんには『やっぱりホンモノは違うねぇ』なんて喜ばれましたね」
キャストやスタッフなど、周りは知らない大人だらけの現場に高校生が入り、緊張はしていたが、芸能界に足を踏み入れたことを自覚した。
1982年2月には、「Sexy気分の夜だから」でレコードデビュー。オリコンシングルチャートでもベスト10入り(最高位7位)し、さらに人気に拍車がかかって、そうした状況に夢心地を抱きつつも、素人とプロの狭間にいる自らを意外にも冷静に客観視している自分もいたという。
「レコードデビュー後も、コンサートでキャーキャー言われることが不思議でした。ただ、兄貴分が銀蝿だったので、鼻につくようなことでもすればぶっ飛ばされて、鼻っ柱を折られてしまうので(笑)、決してうぬぼれることはなかったですね」
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ドラマに続き、レコードデビューも果たした嶋大輔。第2回では、自身最大のヒット曲「男の勲章」や戦隊ヒーローとして主演した特撮ドラマなどについて語っている。





