「特攻服姿でタバコを吸っていたら喧嘩に…」 嶋大輔が明かすデビューの舞台裏と、「しごかれまくった」新人時代

エンタメ 芸能

  • ブックマーク

「男の勲章」などのヒット曲で歌手としても知られるタレントの嶋大輔(61)が、ドラマでデビューしてから2026年で45周年を迎える。デビューのきっかけはスカウトとされるが、実際には揉め事を起こした末の出来事だったという。自らを「無気力世代だった」としながらも、芸能界に入り、「横浜銀蝿一家」として全力で突っ走ってきたその年月を振り返り、今また「銀蝿一家」を盛り上げようとしている。

(全2回の第1回)

 ***

石野真子の親衛隊

 1964年生まれ。野球好きの少年だったが、自らを「無気力世代だった」と振り返る。

「野球は好きで中学までやっていました。ショートを守っていたけれど、めちゃくちゃ上手い人っているじゃないですか。そういう人を見ると『これ以上やっててもな』という思いになって。そんな中、友達と高校の願書を出しに行った際に、そもそもその高校には野球部がないことに気付きました。よく洒落で言っていますが、それでバットを木刀に持ち替えた、ということですね(笑)。我々は “無気力世代” とよく言われた世代で、高校では毎日友達とツルんで遊んで楽しけりゃいいや、という感じ。将来は何になりたいのと聞かれても全然答えられないような毎日でしたね」

 のちに歌手として活躍する嶋だが、歌や楽器などの経験はなかった。ただ、1978年にデビューした石野真子の親衛隊に入っていたほどの大ファン。大磯ロングビーチでのコンサートで、親衛隊の新米として席取りのために炎天下で並んでいたところ、熱中症になって倒れ、救急車で運ばれたこともあるという。

「やっぱり真子さんの曲で一番好きなのは『わたしの首領』ですかね。『L・O・V・E ラブリー真子ちゃん!』と会場で声援を送っていました。もともとテレビっ子でしたから、真子さんが『8時だョ!全員集合』なんかに出ると、テレビの前でカセットテープに録音したりもしていました。録音中に弟とかが喋って大喧嘩になったことも。親衛隊だった話をすると、真子さんには『もうその話はやめてよ』と冗談交じりに言われますが(笑)」

 芸能界には憧れがあったが、まさかその舞台に自分が立つことなど、全く思いもしていなかった時代だった。

次ページ:横浜銀蝿のライブ会場に特攻服で

前へ 1 2 次へ

[1/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。