ついにWBC開幕! 実況アナが語る「井端監督」秘話 「リモート出演の最中にお子さんが近づいてきて…“パパはいまお仕事中だから”と照れていましたね」

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 名古屋のTOKAI RADIOでプロ野球をメインに35年間、スポーツ担当のアナウンサーを務めた村上和宏さんの新連載。映像のあるテレビとは違い、実況ではリスナーの頭に情景が浮かぶよう、言葉を大切に「ラジオ一筋35年」で得た知見を披露してくれます。第1回はWBC侍ジャパンの井端弘和監督(50)との思い出、後編です。(全2回の第2回)

グラウンドでは絶対に見せない「お父さん」の顔

 守備のうまさが語られる井端弘和選手ですが、実は打撃でも非凡な才能を発揮しています。

 名球会の基準である2000安打にはわずかに及ばず、1912安打でユニフォームを脱ぎましたが、通算打率.281のハイアベレージを残しています。また、右バッターでありながら左ピッチャーを得意としていたことも忘れられません。チャンスで井端に打順が回ってきた際、相手チーム首脳陣の継投策を大いに悩ませました。

 その中でも特筆すべきは粘り強いバッティングです。2番での起用が多かった井端選手は、抜群の選球眼と巧みなバットコントロールで相手ピッチャーを苦しめました。

 ラジオ実況の際、我々アナウンサーが「ピッチャー、第3球を投げました」などと描写しますよね。井端選手はきわどい球をうまくカットしてファウル、ファウルで粘り、1打席で10球を超えることも珍しくありませんでした。

 実況アナウンサーの横では、スコアラーがスコアをつけてくれますが、スコアシートの球数記入欄は1打席12球までだったので、書ききれずはみ出すこともしばしば。その結果、ピッチャーが根負けして四球を出すこともよくありました。井端選手の全盛期に、東京ヤクルトスワローズのバッテリーコーチを務めていた中西親志さん(65・現スワローズ選手寮長)と食事をした際、こうぼやいておられたのを思い出します。

「(井端が打席に立つと)先発は初回から球数投げさせられるし、何投げてもカットされるし、バッテリーはたまったものじゃない」

 華々しい成績を残した井端選手ですが、12年オフに大幅減俸の提示を受け、球団側から来季の契約を結ばないと発表されて、いわば「追われるように」ドラゴンズを去ることになりました。しかもその後2年間、ジャイアンツでプレーしたことは、特にアンチ巨人が多いドラゴンズファンにとってはショッキングな出来事でしたが、ジャイアンツのユニフォームを着て試合に出る井端に、ドラゴンズファンからも複雑ながら温かい拍手が送られたことは彼の実績と、何よりもその人柄からのことだと思います。

 グラウンド外での思い出もたくさんあります。交流戦のベンチレポーターとして埼玉西武ライオンズの本拠地・所沢でのデーゲームを終え、終電間際の新幹線で名古屋に戻りタクシー乗り場で待っていた時のこと。突然、私の左肩に「あ~」とため息をつきながら顎を載せてきた人がいて、びっくりして振り返ると「所沢、遠過ぎるわ」と疲れた顔で、でもいたずらっぽく笑みを浮かべた井端選手が立っていて……お互い、苦笑しました。

 コロナ禍でプロ野球の開幕が遅れた2020年のこと。私がDJを務めていた月~金16時からの「ドラゴンズステーション」という番組が、本来なら試合開始前の17時56分までのはずが、19時までの3時間放送になったことがありました。解説として自宅からリモート出演してくれた際、まだ小さかったお子さんがお父さんを待ちきれず部屋に入ってきてしまい「ほら、パパ今お仕事中だから」と、グラウンドでは絶対に見せない「お父さん」の一面が出た時の照れた姿も忘れられません。

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